呻吟語 / 外篇・治道・創業の君
創業之君,當海內屬目傾聽之時,為一切雷厲風行之法。
新字:創業之君,当海内属目傾聴之時,為一切雷厲風行之法。
書き下し
創業の君は、海內屬目傾聽の時に當たり、一切雷厲風行の法を為す。
現代語訳
創業の君は、天下が目を注ぎ耳を傾ける時に当たって、すべて雷のように激しく風のように速い法を行います。
解説
創業の時期の特別さを一句で示します。天下が目を注ぎ耳を傾けている。この注目こそが資源で、そこでなら激しく速い法が通ります。逆に言えば、この時期を逃せば同じ法は通りません。前に出てきた、法を立てるのに激しすぎるなという段と矛盾するようですが、場面が違います。次の段で、平時になるとどうなるかが対比されます。

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見るこの章句が説くこと
創業注目雷厲時機例外
関連する章句
-
『呻吟語』内篇・問學・日落ちて城門に趕る日落ちて城門に趕る。一腳遲ければ便ち關ざされたり。何處にか止宿せん。故に學は時に及ぶを貴ぶ。懸崖に孤樹を抱く。一手鬆かなれば便ち脫れたり。何處にか身を落とさん。故に學は力を著くるを貴ぶ。故に老大に傷悲するも、時を追はんと要せば除は是れ再生なり。既に將に得んとするに失ふも、仍前ならんと要せば除は是れ頭より從ふなり。
-
言志四録・言志録 第百八十二条 幾の至るを候つ処し難きの事に遇はば、妄動するを得ず。須らく幾の至るを候ちて之に応ずべし。
-
論語・郷党篇色みて斯に挙がり、翔りて後に集まる。曰く、「山梁の雌雉、時なるかな、時なるかな。」子路之を共す。三たび嗅ぎて作つ。
-
史記 周本紀明年、犬戎を伐つ。明年、密須を伐つ。明年、耆国を敗る。殷の祖伊之を聞き、懼れて、以て帝紂に告ぐ。紂曰く、「天命有らずや。是れ何をか能く為さん」と。明年、邘を伐つ。明年、崇侯虎を伐つ。而して豊邑を作り、岐下より徙りて豊に都す。明年、西伯崩じ、太子発立つ。是を武王と為す。西伯蓋し即位五十年。其の羑里に囚はるるや、蓋し易の八卦を益して六十四卦と為す。詩人西伯を道ふに、蓋し命を受けし年に王を称して虞・芮の訟を断ずと。後十年にして崩じ、謚して文王と為す。法度を改め、正朔を制す。古公を追尊して太王と為し、公季を王季と為す。蓋し王の瑞は太王より興る。武王即位し、太公望を師と為し、周公旦を輔と為し、召公・畢公の徒王を左右し、師として文王の緒業を修む。九年、武王上りて畢に祭る。東のかた兵を観し、盟津に至る。文王の木主を為り、載するに車を以てし、中軍とす。武王自ら太子発と称し、文王を奉じて以て伐つと言ひ、敢へて自ら専らにせず。乃ち司馬・司徒・司空・諸節に告ぐ、「斉栗せよ、信なるかな。予無知なれども、先祖に徳臣有るを以て、小子先功を受け、畢く賞罰を立て、以て其の功を定めん」と。遂に師を興す。師尚父号して曰く、「爾の衆庶を総べ、爾の舟楫を与にせよ。後れて至る者は斬らん」と。武王河を渡り、中流にして、白魚躍りて王の舟中に入る。武王俯して取りて以て祭る。既に渡るに、火有りて上より下に復り、王屋に至りて、流れて烏と為る。其の色赤く、其の声魄なりと云ふ。是の時、諸侯期せずして盟津に会する者八百諸侯。諸侯皆曰く、「紂伐つ可し」と。武王曰く、「女未だ天命を知らず、未だ可ならず」と。乃ち師を還して帰る。居ること二年、紂の昏乱暴虐滋甚だしく、王子比干を殺し、箕子を囚ふと聞く。太師疵・少師彊其の楽器を抱きて周に奔る。
-
説苑・說叢時至らざれば、強いて生ずべからず。事究めざれば、強いて求むべからず。貞良にして亡ぶるは、先人の餘殃なり。猖獗にして活くるは、先人の餘烈なり。權は重きを取り、澤は長きを取る。才賢にして任輕ければ則ち名有り、不肖にして任大なれば身死し名廢る。
-
『文武訓』武訓下聖人も、子路を戒めて、暴虎馮河して、死して悔なからん者には我くみせじ、必ず事にのぞんでおそれ。謀を好んでなさんものなりとのたまへり。伍子胥が父兄の仇を報ぜしも、身を全うして呉王につかへ、呉国の力をかりしなり。若伍子胥も、敵身方の勢をはからずして、押しよせて父兄の仇を報ぜんとせば、などか本意を遂げんや。張良が韓の仇を報ぜしも、高祖の勢をかりてこそ、秦楚をば亡ぼしけれ。打つべき時ありてうたざらんは、まことにおこたりといふべし。工藤祐経は、家富み郎徒多くして用心をなす。祐成、時宗、単身にて即時に押寄せたらば、などか敵を打ちすますべき、只犬死をこそせめ。されば義貞軍記の論と、近世の先輩それに雷同せし説、さらに理にかなへりともおもほえず。われかつて曽我記の序において、此事を詳に論ぜり。