呻吟語 / 外篇・治道・聖人は心を以て用ふ
聖人能用天下,而後天下樂為之用。聖人以心用,天下以形用。心用者,無用者也。眾用之所恃,以為用者也。若與天下競智勇、角聰明,則窮矣。
新字:聖人能用天下,而後天下楽為之用。聖人以心用,天下以形用。心用者,無用者也。眾用之所恃,以為用者也。若与天下競智勇、角聰明,則窮矣。
書き下し
聖人は能く天下を用ひて、而る後に天下樂しみて之が用を為す。聖人は心を以て用ひ、天下は形を以て用ふ。心用なる者は、用無き者なり。眾用の恃む所にして、以て用を為す者なり。若し天下と智勇を競ひ、聰明を角せば、則ち窮せん。
現代語訳
聖人が天下を用いることができて、その後に天下が喜んでその用をなします。聖人は心で用い、天下は形で用います。心で用いる者は、用の無い者です。多くの用が頼りとして、用をなすもとになる者です。もし天下と智と勇を競い、聡明を張り合えば、行き詰まります。
解説
用いる側と用いられる側を、心と形で分けます。心で用いる者は、それ自体は何の働きもしません。しかし多くの働きが頼る中心になります。だから智や勇や聡明を競えば行き詰まる。中心が末端と同じ土俵に降りるからです。前に出てきた、上に立つ者が細かなことに巧みだと下が働かないという趣旨と通じ、こちらは働かないことが役割だと積極的に定義されています。
この章句が説くこと
心用形用中心無用競わない
関連する章句
-
『呻吟語』外篇・治道・人を我に體す先王の政を為すは、全く人心の上に在りて工夫を用ふ。其の人心を體するは、我が心の上に在りて工夫を用ふ。何者ぞ。同然の故なり。故に先王は人を我に體して、民心得られ、天下治まる。
-
『呻吟語』外篇・治道・其の自然の機に觸れて自然の情を鼓す物理人情は、自然なるのみ。聖人は其の自然なる者を得て以て天下を觀る。而して天下の人は聖人の洞察を逃るる能はず。其の自然なる者を握りて以て天下を運らす。而して天下の人は聖人の斡旋する所と為るを覺えず。即ち其の軌物の矯拂に繩る所なるも、然れども其の人欲自然の私に拂ひて、其の天理自然の公に順ふ。故に倔強錮蔽の人有りと雖も、憬悟して馴服せざる莫し。則ち聖人は其の自然の機に觸れて其の自然の情を鼓すればなり。
-
『呻吟語』内篇・應務・自然と鬥はず理・勢・數は皆な自然有り。聖人は自然と鬥はず。之に先んずるも敢へて之を於せず、之に從ふも敢へて之を迎へず、之を待つも敢へて之を奈せず、之を養ふも敢へて之を強ひず。功は精を凝らして其の鋒を攖れざるに在り、妙は默成して其の名を揭げざるに在り。夫れ是を以て理・勢・數皆な我が用と為りて、不爭に相忘る。噫、善く天下の事を濟す者に非ずんば、以て此を語るに足らず。
-
『呻吟語』外篇・聖賢・無心を以て心と為す天道は無常を以て常と為し、無為を以て為と為す。聖人は無心を以て心と為し、無事を以て事と為す。
-
『呻吟語』外篇・治道・實用を喪ひて無用を求む天下の萬事萬物は皆な個の實用を求むるを要す。實用とは、吾が身心と損益に關はる者なり。凡そ一切の急ならざるの物、耳目の玩好に供する者は、皆な實用に非ざるなり。愚者は甚だしきは其の實用を喪ひて以て無用を求むるに至る。悲しいかな。是の故に明君の天下を治むるや、必ず先づ盡く靡文を革め、而して嚴しく淫巧を誅す。
-
『呻吟語』内篇・存心・鏡は物の聖人なり聖人は虛明を懸けて以て天下の感を待ち、意を先にして以て天下の事に感ぜず。其の感ずるや、我が胸中の道理を以て之に順應す。其の感ずる無きや、此の心空空洞洞、寂然曠然たり。之を鑑に譬ふ。光明此に在り、物來たれば則ち之を照らし、物去れば則ち光明自ら在り。彼れ事未だ來たらずして意必するは、是れ鑑を持して物を覓むるなり。嘗て謂ふ、鏡は物の聖人なりと。鏡は日〻萬物を照らして常に明らかなるは、心無くして勞せざるが故なり。聖人は日〻萬事に應じて累はされざるは、心有りて役せられざるが故なり。夫れ惟だ物に役せられて而る後に心を累はし、而る後に應ずるに偏著有り。