呻吟語 / 外篇・聖賢・無心を以て心と為す
天道以無常為常,以無為為為。聖人以無心為心,以無事為事。
書き下し
天道は無常を以て常と為し、無為を以て為と為す。聖人は無心を以て心と為し、無事を以て事と為す。
現代語訳
天の道は常を持たないことを常とし、為さないことを為すこととします。聖人は心を持たないことを心とし、事を持たないことを事とします。
解説
天と聖人を、同じ形の二句で並べます。持たないことをそれとする、という言い方が四度繰り返されます。前に出てきた、聖人は定まった体も用も見も守りも持たないという段と同じ構図です。天の在り方をそのまま人に移す構成で、無という一字が積極的な内容として扱われています。無という一字が、積極的な内容として扱われています。
この章句が説くこと
無常無為無心無事天人
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