呻吟語 / 外篇・治道・善く補ふ者は、其の破れを縫ひて餘完を剪らず
或曰:「法久而弊奈何?」曰:「尋立法之本意,而救偏補弊耳。善醫者,去其疾不易五臟,攻本髒不及四髒;善補者,縫其破不剪餘完,浣其垢不改故制。
新字:或曰:「法久而弊奈何?」曰:「尋立法之本意,而救偏補弊耳。善医者,去其疾不易五臓,攻本髒不及四髒;善補者,縫其破不剪余完,浣其垢不改故制。
書き下し
或るひと曰く、「法久しくして弊するは奈何」と。曰く、「立法の本意を尋ねて、偏を救ひ弊を補ふのみ。善く醫する者は、其の疾を去りて五臟を易へず、本臟を攻めて四臟に及ばず。善く補ふ者は、其の破れを縫ひて餘完を剪らず、其の垢を浣ひて故制を改めず」と。
現代語訳
ある人が言いました。法が古くなって弊害が出たらどうしますか。答えて言う。法を立てた本来の意図を尋ねて、偏りを救い弊害を補うだけです。上手な医者は、その病を除いても五臓を取り替えず、本体の臓を治療しても他の四臓に及ぼしません。上手な繕い手は、破れを縫っても残りの無事なところを切り取らず、垢を洗っても元の仕立てを変えません。
解説
前の段の変えない主張に対する、当然の反問に答えます。答えは、立法の本意を尋ねて偏りだけ直すこと。そして二つの比喩が置かれます。医者は病んだ臓を治しても他の四臓に及ばない。繕い手は破れを縫っても無事なところを切らない。どちらも、直す範囲を最小に留めるという同じ形です。改革を否定せず、範囲だけを限るという実務的な処方で、本意を尋ねるという起点も忘れられていません。
この章句が説くこと
本意最小医者繕い範囲
関連する章句
-
『呻吟語』外篇・治道・治體調停の中策新法は十は前に益有り、百は後に慮ひ無きに非ずんば、立つ可からざるなり。舊法は事に萬に益無く、理に大いに害有るに非ずんば、更む可からざるなり。要は文なる者は之を實にし、偏なる者は之を救ひ、敝なる者は之を補ひ、流なる者は之を反し、怠廢なる者は申明して之を振作するに在り。此れ治體調停の中策にして、百世循ふ可き者なり。
-
『呻吟語』外篇・治道・前人の熟思して棄てし所法を變ずる者は時勢を變じて道を變ぜず、枝葉を變じて本を變ぜず。吾は怪しむ、夫の後の法を議する者偶たま意見有らば、妄りに聰明を逞しくす。知らず、前人の法を立つるは千思萬慮して後に決す。後人の新奇を以て自ら喜ぶ所は、皆な前人の熟思して棄てし所なり。豈に前人の見此に及ばざらんや。
-
『呻吟語』外篇・聖賢・要は平に歸するのみ聖人の氣化を低昂し、事勢を挽回するは、氣血を調劑するが如し。其の侈を損じて其の強を益さず、其の虛を補ひて其の弱を甚だしくせず。要は平に歸するのみ。平ならざれば則ち偏なり、偏なれば則ち病なり。大いに偏なれば則ち大いに病み、小しく偏なれば則ち小しく病む。聖人平ならざるを欲すと雖も、得可からざるなり。
-
『呻吟語』外篇・廣喻・良醫と道ふ可し古人云ふ、「聲色の以て民を化するに於けるは、末なり」と。這個の末は、好し容易き底なり。近世は聲色行はれず、大聲色を動かす。大聲色行はれず、大刑罰を動かす。大刑罰才かに一半の事を濟し得て、化不化は全く理會するに暇あらず。常に言ふ、三代の民は禮教と習ふ。若し姦宄有りて然る後に刑に麗るは、腹と菽粟との、偶たま一たび調を失ひて、始めて藥餌を用ふるが如し。後世の民は刑罰と習ふ。若し德化由らずして、日に積み月に累ぬれば、孔子の三年、王者の必世の如きも、驟かに欣然として道に向かはしむるは、萬萬に能はず。之を剛腸硬腹の人に譬ふるに、大承氣湯を服すること三五劑にして始めて覺ゆ。而るに卻つて四物を以て君子之を補ふは、人を養はざるに非ざるも、殊に疾と悖り、反つて他症を生ず。卻つて刑政の中に德禮を兼ぬるを要せば、則ち德禮行はる可し。所謂兼ね攻め兼ね補ひ、攻を以て補と為し、先に攻めて後に補ふ。攻むるに宜しき有り補ふに宜しき有り、惟だ劑量に在り。民情は拂らず縱にせずして始めて得たり。噫、良醫と道ふ可し。
-
『呻吟語』外篇・廣喻・聖人は苟しくも法を立てず一法立ちて一弊生ずとは、誠に是なり。然れども弊生ずるに因りて法を立てざるは、未だ其の是と為すを見ざるなり。夫れ法を立てて弊を禁ずるは、猶ほ防を為して水を止むるがごとし。堤薄く土疏にして隙に乘じて決潰するは誠に之れ有り。未だ決に因りて防を廢する者有らず。無弊の法は、堯・舜と雖も能はず。弊を生ずるの法も亦た立法者の拙なり。故に聖人は苟しくも法を立てず、一事の法を立てず、一切の法を為さず、小弊を懲らして良法を廢せず、一對の弊を為して久しかる可きの法を廢せず。
-
『呻吟語』外篇・治道・善く之を救ひ、善く之を馭す事に其の當に變ずべきを知りて因らざるを得ざる者有らば、善く之を救ふのみ。人に其の當に退くべきを知りて用ひざるを得ざる者有らば、善く之を馭すのみ。