呻吟語 / 外篇・治道・試みに一たび反思せば
無以答其望,何以稱此職?何以居此位?夙夜汲汲圖,惟之不暇,而暇於安富尊榮之奉,身家妻子之謀,一不遂心,而淫怒是逞耶?夫付之以生民之寄,寧為盈一已之欲哉?試一反思,便當愧汗。
新字:無以答其望,何以称此職?何以居此位?夙夜汲汲図,惟之不暇,而暇於安富尊栄之奉,身家妻子之謀,一不遂心,而淫怒是逞耶?夫付之以生民之寄,寧為盈一已之欲哉?試一反思,便当愧汗。
書き下し
以て其の望みに答ふる無くんば、何を以て此の職に稱はん。何を以て此の位に居らん。夙夜汲汲として圖り、惟だ之れ暇あらず。而るに安富尊榮の奉、身家妻子の謀に暇あり、一たび心に遂げざれば、而ち淫怒を是れ逞しくせんや。夫れ之に付するに生民の寄を以てするは、寧ぞ一已の欲を盈たすが為ならんや。試みに一たび反思せば、便ち當に愧汗すべし。
現代語訳
その望みに答えられないなら、どうしてこの職にふさわしいと言えるでしょうか。どうしてこの位にいられるでしょうか。朝から晩まで懸命に図って、その暇もないはずです。それなのに安らかで富み尊く栄える待遇や、身と家と妻子のための計らいに暇があり、一度思い通りにならないと、みだりな怒りをほしいままにするのでしょうか。民の生活を託されたのは、自分一人の欲を満たすためでしょうか。試しに一度振り返れば、恥じて汗が出るはずです。
解説
前の段の職分を受けて、時間の使い方を問います。懸命に図れば暇は無いはずなのに、待遇と家族のための計らいに暇がある。ここが突かれています。さらに、思い通りにならないと怒るという振る舞いが加えられ、託された者の姿から遠いことが示されます。最後は振り返れば汗が出るはずだという一句で締められ、責めるのではなく自分で気づかせる形になっています。実務者の自省を促した一段です。
この章句が説くこと
職分時間待遇怒り自省
関連する章句
-
論語・公冶長篇子曰く、已んぬるかな。吾未だ能く其の過を見て、内に自ら訟むる者を見ざるなり。
-
『甲陽軍鑑』品第四十但しさやうの人は我心よきまゝに大略の人をあさくみて自慢の意地ある者なり、とてもの儀に慢気なくして、年增をばうやまい、年おとりを引きたて、同年をばたがひにうちとけ、其中によく近づく人のたらぬ事ある共よく異見を仕り、惣別人も我もよきやうにと存知、少しもへつらふたる儀いでば、心に心を耻る人は何に付けても大きにほめたる事なりといふて、
-
葉隠・聞書第一若き時分、残念記と名づけて、その日その日の誤りを書き付けて見たるに、二十・三十なき日はなし。果てもなく候。今にも一日の事を寝てから案じて見れば、言ひそこなひ、仕そこなひのなき日はなし。さても成らぬものなり。利発任せにする人は、了簡(りょうけん)に及ばざることなり。
-
説苑・君道宋大水す。魯人之を弔いて曰く、「天淫雨を降らし、谿谷満盈し、延いて君の地に及び、以て執政を憂えしむ、臣をして敬んで弔わしむ」と。宋人之に応えて曰く、「寡人不佞にして、斎戒謹まず、邑封修まらず、人を使うこと時ならず、天殃を加え、又君の憂いを遺す、命を拝するの辱を」と。君子之を聞きて曰く、「宋国其れ庶幾からんか」と。問いて曰く、「何の謂いぞや」と。曰く、「昔夏の桀殷の紂は其の過ちを任ぜず、其の亡ぶるや忽焉たり。成湯文武は其の過ちを任ずることを知り、其の興るや勃焉たり。夫れ過ちて之を改むるは、是れ猶お過たざるがごとし。故に曰く其れ庶幾からんかと」と。宋人之を聞き、夙に興き夜に寐ね、早に朝し晏に退き、死を弔い疾を問い、力を宇内に戮す。三年にして、歳豊かに政平らかなり。嚮に宋人をして君子の語を聞かざらしめば、則ち年穀未だ豊かならずして国未だ寧からず。詩に曰く、「時の仔肩を佛け、我に顕徳の行いを示す」と、此を之れ謂うなり。
-
人物志・釋爭若し彼賢にして我が前に処らば、則ち我が徳の未だ至らざるなり。
-
『呻吟語』序・予は乃ち九たび臂を折れり予小子、生まれながらにして昏弱にして病を善くす。病む時に呻吟し、輒ち苦しむ所を志して以て自ら恨みて曰く、「疾を慎み、復た病むこと無かれ」と。已にして慎まず、又復た病めば、輒ち又之を志す。蓋し世の病、備さに經たれば、勝げて志す可からず。一病數〻經るも、竟に懲るる能はず。語に曰く、「三たび肱を折りて良醫と成る」と。予は乃ち九たび臂を折れり。㽸痼年年、呻吟猶ほ昨のごとし。嗟嗟、多病なれば完き身無く、久病なれば完き氣無し。予奄奄として視息す、而るに人ならんや。