呻吟語 / 外篇・品藻・儒者の操尚と事功
守先王之大防,不為苟且人開蹊竇,此儒者之操尚也。敷先王之道而布之宇宙,此儒者之事功也。
書き下し
先王の大防を守り、苟且の人の為に蹊竇を開かざるは、此れ儒者の操尚なり。先王の道を敷きて之を宇宙に布くは、此れ儒者の事功なり。
現代語訳
先王の大きな堤を守り、間に合わせの人のために抜け道を開かないのが、儒者の守るべき節操です。先王の道を広げて宇宙に行き渡らせるのが、儒者の事功です。
解説
儒者の役割を、守りと攻めの二つで示します。節操は堤を守り抜け道を作らないこと、事功は道を広げること。前に出てきた、一人が近道を踏み開けば大道になるという段が、ここで節操の内容として使われています。守ることと広げること、二つ揃って役割が完成する形です。守りと攻めが揃って、役割が完成する形になっています。
この章句が説くこと
儒者節操事功堤抜け道
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