呻吟語 / 内篇・應務・養態は士大夫の陋習
養態,士大夫之陋習也。古之君子養德,德成而見諸外者有德容。見可怒,則有剛正之德容;見可行,則有果毅之德容。
新字:養態,士大夫之陋習也。古之君子養徳,徳成而見諸外者有徳容。見可怒,則有剛正之徳容;見可行,則有果毅之徳容。
書き下し
態を養ふは、士大夫の陋習なり。古の君子は德を養ふ。德成りて外に見はるる者に德容有り。怒る可きを見れば、則ち剛正の德容有り。行ふ可きを見れば、則ち果毅の德容有り。
現代語訳
態度を作って養うのは、士大夫の悪い習慣です。昔の君子は徳を養いました。徳が成って外に現れるものを徳の容と言います。怒るべきものを見れば、剛くまっすぐな徳の容があります。行うべきものを見れば、思い切りよく強い徳の容があります。
解説
態度を作ることと、徳が外に現れることを区別します。前者は外から作った型、後者は内から出た姿です。そして場面ごとに違う徳容が現れると示されます。怒るべき時、行うべき時。同じ人でも場面で姿が変わるのが本物で、いつも同じ態度を保っているのは作り物だということになります。いつも同じ態度を保つのは、作り物だということになります。
この章句が説くこと
態度徳容作為内発場面
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