呻吟語 / 外篇・品藻・其の微長に因りて善く之を用ふ
十分識見人與九分者說,便不能了悟,況愚智相去不翅倍蓗。而一不當意輒怒而棄之,則皋、夔、稷、契、伊、傅、周、召棄人多矣。所貴乎有識而居人上者,正以其能就無識之人,因其微長而善用之也。
新字:十分識見人与九分者説,便不能了悟,況愚智相去不翅倍蓗。而一不当意輒怒而棄之,則皋、夔、稷、契、伊、傅、周、召棄人多矣。所貴乎有識而居人上者,正以其能就無識之人,因其微長而善用之也。
書き下し
十分識見の人は九分の者と說けば、便ち了悟する能はず。況んや愚智相ひ去ること翅に倍蓗のみならざるをや。而るに一たび意に當たらざれば輒ち怒りて之を棄つれば、則ち皋・夔・稷・契・伊・傅・周・召も人を棄つること多からん。貴ぶ所は識有りて人の上に居る者、正に其の能く無識の人に就き、其の微長に因りて善く之を用ふるを以てなり。
現代語訳
十分の見識を持つ人が九分の人に語っても、悟らせることができません。まして愚と智の隔たりが倍どころでない場合はなおさらです。それでいて一度意に沿わないだけで怒って見捨てるなら、皋陶や夔や后稷や契や伊尹や傅説や周公や召公でさえ、人を見捨てることが多かったでしょう。見識があって人の上に立つ者が貴ばれるのは、まさに見識の無い人のところへ降りていき、そのわずかな長所を見つけて上手に用いるからです。
解説
見識の差があれば通じないのは当然だとしたうえで、それで見捨てるなという主張です。一分の差でも通じないのだから、見捨てていたら誰も残らない。そして上に立つ者の価値が示されます。降りていって、わずかな長所を使うこと。見識の高さではなく、使い方が価値になるという構図です。高さではなく使い方が価値になる、という転換が要点です。
この章句が説くこと
見識格差見捨てる微長用いる
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