呻吟語 / 内篇・應務・微言は世人の耳に入らず
纖芥眾人能見,置纖芥於百里外,非驪龍不能見,疑似賢人能辨,精義而至入神,非聖人不解辨。夫以聖人之辨語賢人,且滋其感,況眾人乎?是故微言不入世人之耳。
新字:繊芥眾人能見,置繊芥於百里外,非驪竜不能見,疑似賢人能弁,精義而至入神,非聖人不解弁。夫以聖人之弁語賢人,且滋其感,況眾人乎?是故微言不入世人之耳。
書き下し
纖芥は眾人も能く見る。纖芥を百里の外に置けば、驪龍に非ざれば見る能はず。疑似は賢人能く辨ず。義を精しくして神に入るに至れば、聖人に非ざれば辨ずるを解せず。夫れ聖人の辨を以て賢人に語るも、且つ其の感を滋す。況んや眾人をや。是の故に微言は世人の耳に入らず。
現代語訳
塵ほどのものなら、大勢の人にも見えます。しかし塵を百里の外に置けば、驪龍でなければ見えません。紛らわしいものなら、賢人には見分けられます。しかし義を精しくして神妙な域に入れば、聖人でなければ見分けられません。聖人の見分けを賢人に語っても、なお疑いを増やすだけです。まして大勢の人ならなおさらです。だから微妙な言葉は世の人の耳に入りません。
解説
見分ける能力の差を、距離と難度の二軸で示します。近い塵は誰でも見え、遠い塵は驪龍だけが見る。紛らわしさも同じで、賢人が見分けられる段と聖人しか見分けられない段があります。そして最上の見分けは賢人にすら疑いを増やすだけだ、と。だから微妙な言葉は世に届かない。伝わらないことを前提とした、静かな諦めの一段です。
この章句が説くこと
見分け能力差微言伝達諦め
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