呻吟語 / 外篇・品藻・再び利中に義の字を尋ぬる沒し
眾人但於義中尋個利字,再沒於利中尋個義字。
新字:衆人但於義中尋個利字,再没於利中尋個義字。
書き下し
眾人は但だ義中に於て個の利の字を尋ね、再び利中に於て個の義の字を尋ぬる沒し。
現代語訳
大勢の人は義の中に利という字を探すばかりで、利の中に義という字を探すことはありません。
解説
義と利の探し方の向きを問います。義の中に利を探すのは、正しいことをしながら得も取ろうとすること。逆に利の中に義を探すのは、得られる場面でも正しさを確かめることです。後者をする人がいないと言い切ります。二十字足らずで、動機の向きを言い当てた一段になっています。探す向きを変えるだけで、態度が入れ替わります。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
義利向き探す動機逆
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『墨子』兼愛下且つ惟だ泰誓のみ然りと為すにあらず、禹誓と雖も即ち亦た猶お是のごときなり。禹曰く、「濟濟たる有衆、咸な朕が言を聴け。惟だ小子のみ敢えて亂を稱するを行うに非ず。蠢たる茲の有苗、天の罰を用う。若し予れ既に爾の羣を率い、羣諸に對して以て有苗を征せん」と。禹の有苗を征するや、富貴を重ね、福禄を干め、耳目を樂しましむるを求むるに非ざるなり。以て天下の利を興し、天下の害を除かんことを求むるなり。即ち此れ禹の兼なり。子墨子の謂う所の兼なる者と雖も、禹に於て求めたり。
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『墨子』非命下是の故に子墨子曰く、今、天下の君子の文章を為り言談を出だすは、将に其の頰舌を勤勞し、其の唇呡を利せんとするに非ざるなり。中に實に将に其の國家邑里萬民の刑政を為さんと欲する者なり。今や王公大人の早く朝し晏く退き、獄を聴き政を治め、終朝、均しく分かちて敢えて怠倦せざる所以の者は、何ぞや。曰く、彼れ以為えらく强ければ必ず治まり、强からざれば必ず亂れ、强ければ必ず寕く、强からざれば必ず危うしと。故に敢えて怠倦せず。
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