呻吟語 / 外篇・品藻・未だ專ら斯の人に望む可からず
秀雅溫文,正容謹節,清廟明堂所宜。若蹈湯火,衽金革,食牛吞象之氣,填海移山之志,死孝死忠,千捶百折,未可專望之斯人。
新字:秀雅温文,正容謹節,清廟明堂所宜。若蹈湯火,衽金革,食牛吞象之気,填海移山之志,死孝死忠,千捶百折,未可専望之斯人。
書き下し
秀雅溫文、正容謹節は、清廟明堂の宜しき所なり。若し湯火を蹈み、金革に衽し、牛を食らひ象を吞むの氣、海を填め山を移すの志、孝に死し忠に死し、千捶百折するは、未だ專ら斯の人に望む可からず。
現代語訳
秀でて雅で温かく文があり、姿を正し節を慎むのは、清らかな廟や明堂にふさわしい人です。しかし湯や火を踏み、武具を身に着けて眠り、牛を食らい象を呑むほどの気、海を埋め山を移すほどの志、孝に死に忠に死に、千度打たれ百度折られるとなれば、もっぱらこの人に望むわけにはいきません。
解説
礼式の場にふさわしい人と、危地に立つ人を分けます。前者は姿が美しく節度がありますが、後者には気と志と耐久が要ります。同じ士でも用いる場が違うということです。前に出てきた、非常時には破れのある人を用いよという段と同じ主張が、対比の形で示されています。美点を認めたうえで、用いる場を限る書き方になっています。
この章句が説くこと
適所礼式危地気耐久
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