呻吟語 / 外篇・品藻・明道は朱・陸の間に在り
明道在朱、陸之間。
書き下し
明道は朱・陸の間に在り。
現代語訳
程明道は、朱熹と陸九淵のあいだにいます。
解説
程明道の位置を、後代の朱陸の対立の中間に置きます。朱子学と陸王学が分かれる前の人ですから、どちらにも偏らない形で位置づけられることになります。わずか八字ですが、学派の系譜を一言で整理する試みです。前に出てきた、宋儒を読むならまず周敦頤と程明道からという段とも通じます。どちらにも寄せないという判定が、この一句の力です。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
明道朱陸中間系譜位置
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『呻吟語』外篇・品藻・漢儒は道を雜へ、宋儒は道を隘くす漢儒は道を雜へ、宋儒は道を隘くす。宋儒は自ら宋儒の局面有り。學者若し道に入らば、且く宋儒を著けて其の胸中に橫たへしむるを休め。只だ六經四書を讀みて之を體玩せば、久久にして胸次自ら是れ同じからず。若し宋儒を看ば、先づ濂溪・明道を看よ。
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『呻吟語』外篇・品藻・伊川は終に是れ拘泥明道は塵埃に落ちず、釋・老を看ること多ければなり。伊川は終に是れ拘泥す、莊・列を看ること少なければなり。
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『呻吟語』外篇・品藻・能く四氏を奴僕として其の用と為らず明道の受用の處は、陰かに之を佛・老に得たり。康節の受用の處は、陰かに之を莊・列に得たり。然れども作用は自ら是れ吾が儒なり。蓋し能く四氏を奴僕として、其の用と為らざる者なり。此の語は人敢へて道はず。佛・老・莊・列に深き者は自然に默識し得ん。
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『呻吟語』外篇・聖賢・二公の得る所を觀る可し明道の安石に答ふるは能く愧屈せしむ。伊川の子由に答ふるは、遂に三黨を激成す。以て二公の得る所を觀る可し。
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言志四録・言志晩録 第二十七条 朱陸は互ひに相許す朱陸は同じく伊洛を宗とし、而して見解稍々異なる。二子並びに賢儒と称せらる。蜀朔の洛と各党を為すが如きに非ず。朱子嘗て曰く、「南渡以来、著実の工夫を理会する者は、惟だ某と子静との二人のみ」と。陸子も亦謂ふ、「建安に朱元晦無くんば、青田に陸子静無し」と。蓋し其の互ひに相許すこと此くの如し。当時の門人も、亦両家に相通ずる者有りて、各々師説を持して相争ふことを為さず。明儒の白沙・篁墩・余姚・増城の如きに至りては、並びに両家を兼取す。我が邦の惺窩藤公も蓋し亦此くの如し。
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言志四録・南洲手抄周子静を主とす、心本体を守るを謂ふなり。図説に、「欲無し故に静」と自註す、程伯氏此に因つて天理人欲の説有り。叔子敬を持する工夫も亦此に在り。朱陸以下各力を得る処有りと雖、而かも畢竟此の範囲を出でず。意はざりき明儒に至つて、朱陸党を分つこと敵讐の如くあらんとは。何を以て然るや。今の学ぶ者、宜しく平心を以て之を待つべし。其の力を得る処を取らば可なり。