呻吟語 / 外篇・聖賢・二公の得る所を觀る可し
明道答安石能使愧屈,伊川答子由,遂激成三黨,可以觀二公所得。
新字:明道答安石能使愧屈,伊川答子由,遂激成三党,可以観二公所得。
書き下し
明道の安石に答ふるは能く愧屈せしむ。伊川の子由に答ふるは、遂に三黨を激成す。以て二公の得る所を觀る可し。
現代語訳
程明道が王安石に答えたときは、相手を恥じ入らせ屈服させることができました。程伊川が蘇子由に答えたときは、ついに三つの党派を激しく作り出す結果になりました。これで二人の得たものが見て取れます。
解説
同じ程氏の兄弟が、論争の結果でまるで違う結末を迎えたことを対比します。一方は相手を恥じ入らせ、一方は党派の対立を生んだ。学識ではなく、応対の仕方が結果を分けたということです。学問の深さを、議論の後に何が残ったかで測る見方が示された一段になっています。学問の深さを、議論の後に何が残ったかで測る見方です。

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見るこの章句が説くこと
論争結果明道伊川応対
関連する章句
-
『呻吟語』外篇・品藻・伊川は終に是れ拘泥明道は塵埃に落ちず、釋・老を看ること多ければなり。伊川は終に是れ拘泥す、莊・列を看ること少なければなり。
-
『慎思録』巻之六明道、門人と講論する毎に、合はざる者有れば、則ち曰く、更に商量有らんと。伊川は則ち直ちに曰く、然らずと。窃かに謂へらく、明道の言は、巽与の言に似たり。其の言婉なれば、則ち能く人を動かすべし。衆人と雖も亦従ひ易し。伊川の言は、法語の言に似たり。其の言厳なれば、則ち能く人を畏伏せしむ。子弟を教戒するには、宜しく此くの如くすべし。然れども法語の言は、率ね君子に非ざれば、則ち之を悦ぶ者鮮し。古人曰く、唯だ善人にして能く善言を納るる者、此を以てなり。
-
『呻吟語』外篇・品藻・明道は朱・陸の間に在り明道は朱・陸の間に在り。
-
『呻吟語』内篇・應務・其の量は較ぶる所の人と相去ること幾何ぞ區區として人と是非を較ぶるは、其の量は較ぶる所の人と相去ること幾何ぞ。
-
『呻吟語』外篇・品藻・能く四氏を奴僕として其の用と為らず明道の受用の處は、陰かに之を佛・老に得たり。康節の受用の處は、陰かに之を莊・列に得たり。然れども作用は自ら是れ吾が儒なり。蓋し能く四氏を奴僕として、其の用と為らざる者なり。此の語は人敢へて道はず。佛・老・莊・列に深き者は自然に默識し得ん。
-
『呻吟語』内篇・談道・是非を爭ふ者は聖人に至りて息む今古紛紛たる辨口、聚訟庭に盈ち、積書棟に充つるは、皆な世教の明らかならざるに起こりて、聰明才辨なる者各おの意見を執りて以て勝を求むればなり。故に輕重を爭ふ者は衡に至りて息み、短長を爭ふ者は度に至りて息み、多寡を爭ふ者は量に至りて息み、是非を爭ふ者は聖人に至りて息む。中道なる者は、聖人の權衡度量なり。聖人往けり、而れども中道は自ら在り。