呻吟語 / 内篇・談道・中は道脈の宗、敬は聖學の訣
中,是千古道脈宗;敬,是聖學一字訣。
新字:中,是千古道脈宗;敬,是聖学一字訣。
書き下し
中は、是れ千古道脈の宗なり。敬は、是れ聖學一字の訣なり。
現代語訳
中は、千年の道の流れの大もとです。敬は、聖人の学の一字の秘訣です。
解説
長い議論を重ねてきた談道篇の中で、要点を二字に絞った一段です。中は基準であり、敬は姿勢です。何が正しいかを測るのが中、それに向かう構えが敬。この二つさえあれば理屈は足りるという宣言になっています。呻吟語には短い段が多くありますが、これは書全体の骨格を示す位置にある一行だと言えます。覚えるべきものを二字に絞った、実に潔い一段です。

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見るこの章句が説くこと
中敬道統基準姿勢
関連する章句
-
言志四録・言志耋録 第二百八十六条 敬は終身の孝人道は敬に在り。敬は固より終身の孝為り。我が躯を以て親の遺と為せばなり。一息尚ほ存せば、自ら敬するを忘る可けんや。
-
『和俗童子訓』巻之五・教女子法一婦人は人に事ふるものなり。家に居ては父母に事へ、人に嫁しては舅姑夫に事ふるに、慎みて背かざるを道とす。もろこしの曹大家が言にも、敬順の道は婦人の礼なりと云へり。然れば女は敬順の二を常に守るべし。敬とはつつしむなり、順はしたがふなり。つつしむとは恐れて恣ならざるを云ふ。つつしみにあらざれば、和順の道も行ひ難し。およそ女の道は順を尊ぶ。順の行はるるは、ひとへに慎むよりおこれり。詩経に、戦々とつつしみ、兢々とおそれて、深き淵に臨むが如く、薄き氷を履むが如しと云へるは、恐れ慎むの心をかたどりて云へり。慎みて恐るる心持、斯の如くなるべし。
-
『慎思録』巻之一敬とは、戒慎恐懼の謂なり。把捉強持の謂に非ざるなり。若し心を操りて強ひて把捉を為さば、是れ助長の病と為す。所謂拘捉すれば、則ち久しくし難きなり。其の弊或いは流れて色荘の人と為る者多し。敬と為すべからざるなり。今の敬を執るの人、動もすれば敬を以て束縛強持の事と為す。聖賢の敬を言ふの本旨に非ず。然れども一に和して、安排布置し、之を節するに礼を以てせざる者も、亦敬を去ること弥遠し。
-
『慎思録』巻之三孔子の大人を畏るとは、其の爵位有るを尊びて、君上を敬するの意にして、其の勢を畏るるに非ず。是れ驕らざるなり。孟子の大人を藐るとは、其の富貴を畏れて屈辱せざるの意にして、其の人を藐るに非ず。是れ諂はざるなり。蓋し大人を畏ると富貴を藐るとは、道並び行はれて悖らざるなり。大凡礼の用は、和を貴しと為す。太だ促縮して、気をして屈辱せしむべからず。故に大人に説くには、則ち須らく志意をして舒展せしめ、言語をして尽くすを得しむべきなり。
-
言志四録・言志晩録 第八十条 震艮の工夫は一に帰す「其の背に艮まりて其の身を獲ず。其の庭に行きて其の人を見ず」とは、敬以て誠を存するなり。「震は百里を驚かせども、匕鬯を喪はず」とは、誠以て敬を行ふなり。震と艮とは正倒なれども、工夫は一に帰す。
-
『兵法家伝書』殺人刀「つなぎ猫(敬の字にとどまる)」儒書をよむ人敬の字にとゞまりて、是を向上とおもふて、一生を敬の字にてすます程に、心をつなぎ猫の樣にする也、佛法にも敬の字なきにあらず、經に一心不亂と説給へり、是卽敬の字にあたるべし、心を一事におきて、餘方へ亂さゞる也、勿論敬白夫佛者と唱る所あり、敬禮とて佛像にむかひ一心敬禮と云、皆敬の字の意趣たがわず、然れども是は一切に付て、心の亂るゝを治るの方便也、