呻吟語 / 外篇・品藻・氣質中に人と作れば千狀萬態
道理中作人,天下古今都是一樣;氣質中作人,便自千狀萬態。
新字:道理中作人,天下古今都是一様;気質中作人,便自千状万態。
書き下し
道理中に人と作れば、天下古今都て是れ一樣なり。氣質中に人と作れば、便ち自ら千狀萬態なり。
現代語訳
道理の中で人として生きれば、天下でも古今でもみな同じ姿です。気質の中で人として生きれば、自ずと千の姿万の様になります。
解説
道理と気質を、一様さと多様さで対比します。道理に従えば誰でも同じになり、気質に従えば千差万別になる。個性を尊ぶ感覚からすれば後者が魅力的ですが、この書では前者が上です。前に出てきた、聖人には自分だけの見識が無いという段と同じ立場になっています。個性を尊ぶ感覚からすれば意外な、順位づけになっています。
この章句が説くこと
道理気質一様多様個性
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『呻吟語』外篇・品藻・道理の見識と氣質の見識凡そ見識は、道理より出づる者は第一、氣質より出づる者は第二、世俗より出づる者は第三、自私より出づる者は下と為す。道理の見識は、天地に建つ可く、鬼神に質す可く、四海に推す可く、萬世に達す可し。正大公平、光明易簡なり。此れ堯・舜・禹・湯・文・武・周・孔の相與に授受する者是れなり。氣質の見識は、仁者は之を仁と謂ひ、智者は之を智と謂ふ。剛氣多き者は賢智と為り高明と為り、柔氣多き者は沉潛と為り謙忍と為る。夷・惠・伊尹・老・莊・申・韓各おの其の質の近き所を發明するのみ。
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『呻吟語』外篇・品藻・做し出だすは都て是れ聖人の做し出だし來たるは都て是れ德性、賢人の做し出だし來たるは都て是れ氣質、眾人の做し出だし來たるは都て是れ習俗、小人の做し出だし來たるは都て是れ私欲なり。
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『呻吟語』外篇・聖賢・道を以て法度と為す君子の身を立て己を行ふに自ら法度有りとは、此れ有道の言なり。但だ法度は堯・舜・禹・湯・文・武・周・孔以來只だ一個有るのみ。譬へば律令の一般、天下古今の共に守る所の者なり。若し家ごとに自ら律を為し、人ごとに自ら令を為さば、則ち伯夷・伊尹・柳下惠の法度と為る。故に道を以て法度と為す者は、時中の聖なり。氣質を以て法度と為す者は、一偏の聖なり。
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『呻吟語』外篇・聖賢・畢竟各人に各人の氣質有り堯・舜・禹・文・周・孔は、振古の聖人にして一毫の偏倚無し。然れども五行の鍾まる所、各おの厚き所有り。畢竟各人に各人の氣質有り。堯は敦大の氣多く、舜は精明の氣多く、禹は收斂の氣多く、文王は柔嘉の氣多く、周公は文為の氣多く、孔子は莊嚴の氣多し。經史を熟讀すれば自ら見る。若し天縱の聖人は、太和の元氣流行して略ぼ一些も沾著せずと說かば、則ち六聖人は須らく一個の氣象毫髮も同じからざる無くして方に是なるべし。
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『呻吟語』外篇・聖賢・眾人自ら聖人に異なる聖人と眾人と一般なり。只だ是れ眾人の道理を盡くし得るのみ。其の同じからざる者は、乃ち眾人自ら聖人に異なるなり。
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『呻吟語』内篇・談道・萬物は性に生じ、情に死す萬物は性に生じ、情に死す。故に上智は情を去り、君子は情を正しくし、眾人は情に任せ、小人は情を肆にす。夫れ情の能く人を死せしむるを知らば、則ち當に心を淡泊無味の鄉に遊ばしめ、而して世の欣戚趨避する所に於いて、漠然として以て其の慮を嬰らはさざるべし。則ち身は苦しめども心は樂しく、感は殊にして應は一なり。其の逃るる能はざる所の者は、天下と同じ。其の了然として獨り得る所の者は、天下と異なる。