呻吟語 / 外篇・品藻・如何ぞ是れ好からん
衰周而後,直到於今,高之者為小康,卑之者為庸陋。唐虞時光景,百姓夢也夢不著。創業垂統之君臣,必有二帝五臣之學術而後可。若將後世眼界立一代規模,如何是好?
新字:衰周而後,直到於今,高之者為小康,卑之者為庸陋。唐虞時光景,百姓夢也夢不著。創業垂統之君臣,必有二帝五臣之学術而後可。若将後世眼界立一代規模,如何是好?
書き下し
衰周而後、直に今に於るまで、之を高しとする者は小康と為り、之を卑しとする者は庸陋と為る。唐虞時の光景は、百姓夢にも夢み著かず。創業垂統の君臣は、必ず二帝五臣の學術有りて而る後に可なり。若し後世の眼界を將て一代の規模を立てば、如何ぞ是れ好からん。
現代語訳
周が衰えて後、今に至るまで、高く見積もってもまずまずの安らぎ程度で、低ければ凡庸で狭いものです。唐虞の時の光景は、民が夢にも見ることができません。事業を興し道統を伝える君と臣は、必ず二帝と五臣の学術があって初めてよいのです。もし後の世の見える範囲で一つの時代の規模を立てるなら、どうしてよいものになるでしょうか。
解説
衰えた時代の水準を、高くてもまずまず、低ければ凡庸だと切り捨てます。そして問題が視野に帰されます。後の世の狭い見える範囲で規模を立てれば、その程度の時代にしかならない。前の段の理想の水準と合わせて、時代の質が構想の大きさで決まると示した一段です。時代の質が、構想の大きさで決まると示した一段です。手本を低く取れば、その程度の時代にしかなりません。
この章句が説くこと
時代水準視野構想規模
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