呻吟語 / 外篇・品藻・三代而下、功名の士絕えて少なし
功士後名,名士後功。三代而下,其功名之士絕少。聖人以道德為功名者也,賢人以功名為功名者也,眾人以富貴為功名者也。
新字:功士後名,名士後功。三代而下,其功名之士絶少。聖人以道徳為功名者也,賢人以功名為功名者也,衆人以富貴為功名者也。
書き下し
功士は名に後れ、名士は功に後る。三代而下、其の功名の士絕えて少なし。聖人は道德を以て功名と為す者なり。賢人は功名を以て功名と為す者なり。眾人は富貴を以て功名と為す者なり。
現代語訳
功を立てる士は名が後になり、名の士は功が後になります。夏殷周より後、功も名も備えた士はきわめて少ない。聖人は道徳を功名とする人です。賢人は功名を功名とする人です。大勢の人は富貴を功名とする人です。
解説
功と名が両立しにくいことを述べたうえで、功名という語の中身を三段に分けます。道徳、功名、富貴。何を功名と呼ぶかで人が分かれるという構図です。とくに聖人が道徳を功名とするとされ、目に見える成果ではないものを功名と数える立場が示されています。何を功名と呼ぶかで、人が分かれるという構図です。目に見える成果でないものを功名と数える立場が示されます。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
功名道徳富貴中身三段
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