呻吟語 / 外篇・品藻・未だ其の聖賢爲るを許さずんばあらず
僧道、宦官、乞丐,未有不許其為聖賢者。我儒衣儒冠且不類儒,彼顧得以嗤之,奈何以為異類也,而鄙夷之乎?
書き下し
僧道・宦官・乞丐も、未だ其の聖賢爲るを許さずんばあらず。我儒衣儒冠にして且つ儒に類せず。彼顧りみて以て之を嗤ふを得。奈何ぞ異類と為して之を鄙夷せんや。
現代語訳
僧も道士も宦官も物乞いも、聖賢になることを認められないわけではありません。こちらは儒の衣を着て儒の冠をかぶりながら、儒に似てもいません。向こうから笑われる立場です。それなのにどうして異類として見下せるでしょうか。
解説
どの身分からも聖賢は出ると認めたうえで、自分たちの側を責めます。儒の格好をして儒に似ていない。だから笑われる立場にあるのに、相手を見下している。前に出てきた、儒の衣冠をして欲が多いなら仏道を笑えないという段と同じ構図で、身分による見下しを封じた一段です。身分による見下しを、自分の側を責めることで封じています。
この章句が説くこと
身分聖賢見下し儒自省
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