呻吟語 / 外篇・品藻・世何ぞ吾輩有るを貴ばんや
吾輩日多而世益苦,吾輩日貴而民日窮,世何貴於有吾輩哉?
書き下し
吾輩日に多くして世益ます苦しみ、吾輩日に貴くして民日に窮す。世何ぞ吾輩有るを貴ばんや。
現代語訳
我々が日ごとに増えるほど世はいよいよ苦しみ、我々が日ごとに貴くなるほど民は日ごとに窮します。世に我々がいることの、どこが尊いのでしょうか。
解説
前の段を受けた結論です。士大夫が増え地位が上がるほど、世と民が苦しむ。数と地位が害の量に比例しているという指摘で、存在意義そのものが問われます。最後の反問に答えは示されません。自分たちを名指しした自己批判の中でも、最も厳しい一段になっています。自分たちを名指しした自己批判の中でも、最も厳しい一段です。数と地位が、害の量に比例しています。
この章句が説くこと
士大夫比例害存在意義自己批判
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『呻吟語』外篇・品藻・世道奚ぞ賴らんや識は千古に高く、慮は六合に週く、末世の頹風を挽き、先王の雅道に還り、海内をして復た秦漢以前の滋味を嘗めしむれば、則ち又た圈子以上の人なり。世に斯の人有らんか。吾將に之と共に流涕せんとす。乃ち若し硜硜として眾見に狃れ、惴惴として弊規に循ひ、威儀文辭燦然として觀る可く、勤慎謙默居然として過ち寡きは、是の人や、但だ高官と為る可きのみ。世道奚ぞ賴らんや。
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