呻吟語 / 外篇・品藻・老子猶龍は尊美の辭に非ず
老子猶龍不是尊美之辭,蓋變化莫測,淵深不露之謂也。
新字:老子猶竜不是尊美之辞,蓋変化莫測,淵深不露之謂也。
書き下し
老子猶龍は是れ尊美の辭ならず。蓋し變化測る莫く、淵深露はれざるの謂ひなり。
現代語訳
老子は龍のようだというのは、褒め称えた言葉ではありません。変化が測りがたく、淵のように深くて表に現れないという意味です。
解説
孔子が老子を龍のようだと評した言葉を、褒め言葉ではないと読み替えます。測りがたく、表に現れない。それは称賛ではなく、掴めなさの指摘だというのです。前に出てきた、陰険な者は伏せて紛らわしいという段と同じ語彙が使われており、有名な一句の含みを裏返した一段になっています。有名な一句の含みを、裏返してみせた一段です。
この章句が説くこと
老子竜含み称賛裏返し
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