呻吟語 / 外篇・品藻・亂本を追原す
乃西晉王衍輩一出,以身為懶散之物,百不經心,放蕩於禮法之外,一無所忌,以浮談玄語為得聖之清,以滅理廢教為得道之本,以浪遊於山水之間為高人,以銜杯於糟曲之林為達士,人廢職業,家尚虛無,不止亡晉,又開天下後世登臨題詠之禍;長惰慢放肆之風,以至於今。追原亂本,益開釁於莊、列、而基惡於巢、由。有世道之責者,宜所戒矣。
新字:乃西晉王衍輩一出,以身為懶散之物,百不経心,放蕩於礼法之外,一無所忌,以浮談玄語為得聖之清,以滅理廃教為得道之本,以浪遊於山水之間為高人,以銜杯於糟曲之林為達士,人廃職業,家尚虚無,不止亡晉,又開天下後世登臨題詠之禍;長惰慢放肆之風,以至於今。追原乱本,益開釁於荘、列、而基悪於巣、由。有世道之責者,宜所戒矣。
書き下し
乃ち西晉の王衍の輩一たび出でて、身を以て懶散の物と為し、百も心を經ず、禮法の外に放蕩して一も忌む所無し。浮談玄語を以て聖の清を得たりと為し、理を滅し教を廢するを以て道の本を得たりと為し、山水の間に浪遊するを以て高人と為し、糟曲の林に杯を銜むを以て達士と為す。人は職業を廢し、家は虛無を尚ぶ。止だ晉を亡ぼすのみならず、又た天下後世に登臨題詠の禍を開き、惰慢放肆の風を長じて以て今に至る。亂本を追原すれば、益ます釁を莊・列に開き、而して惡を巢・由に基く。
現代語訳
ところが西晋の王衍たちが現れて、身を怠け散らかった物とし、何一つ心にかけず、礼法の外で放蕩して憚るところがありませんでした。浮ついた議論と玄妙な言葉で聖人の清さを得たとし、理を滅ぼし教えを廃することで道の本を得たとし、山水のあいだを気ままに遊ぶことを高い人とし、酒の林で杯を口にすることを達した士としました。人は職業を廃し、家は虚無を尊びました。ただ晋を滅ぼしただけでなく、後の世に景色を詠むことの禍を開き、怠り勝手にする風を助長して今に至ります。乱れの元をたどれば、荘子や列子に亀裂が開き、巣父や許由に悪の基があります。
解説
前の段で挙げた死ぬまでやめない構えを失った例として、西晋の清談を挙げます。浮ついた議論を清さとし、職業を廃し虚無を尊ぶ。そして害が晋の滅亡に留まらず、後世の風潮にまで及んだとします。責任の源を荘列と巣許にまで遡る徹底ぶりで、隠遁と清談への最も激しい批判になっています。隠遁と清談への、最も激しい批判になっています。
この章句が説くこと
清談西晋放蕩職業批判
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