呻吟語 / 外篇・品藻・斃れて後已む念頭
自古聖賢孜孜汲汲,惕勵憂勤,只是以濟世安民為己任,以檢身約己為先圖。自有知以至於蓋棺,尚有未畢之性分,不了之心緣,不惟孔、孟,雖佛、老、墨翟、申、韓皆有一種斃而後已念頭,是以生不為世間贅疣之物,死不為幽冥浮蕩之鬼。
新字:自古聖賢孜孜汲汲,惕勵憂勤,只是以済世安民為己任,以検身約己為先図。自有知以至於蓋棺,尚有未畢之性分,不了之心縁,不惟孔、孟,雖仏、老、墨翟、申、韓皆有一種斃而後已念頭,是以生不為世間贅疣之物,死不為幽冥浮蕩之鬼。
書き下し
自古の聖賢は孜孜汲汲、惕勵憂勤して、只だ是れ世を濟ひ民を安んずるを以て己が任と為し、身を檢め己を約するを以て先圖と為す。知有るより以て蓋棺に至るまで、尚ほ未だ畢はらざるの性分、了らざるの心緣有り。惟だ孔・孟のみならず、佛・老・墨翟・申・韓と雖も皆な一種の斃れて後已む念頭有り。是を以て生きては世間贅疣の物と為らず、死しては幽冥浮蕩の鬼と為らず。
現代語訳
昔から聖賢はせわしく励み、恐れ憂え勤めて、ただ世を救い民を安んずることを自分の任務とし、身を検め自分を約することを先の計らいとしました。物心がついてから棺の蓋を閉じるまで、なお終わらない本分と、片づかない心の縁があります。孔子や孟子だけでなく、仏も老も墨翟も申不害も韓非も、みな死ぬまでやめないという思いを持っていました。だから生きては世の中の余計な瘤とならず、死んでは冥界を漂う幽鬼となりませんでした。
解説
死ぬまでやめないという構えを、学派を越えて共通するものとして挙げます。仏も老も法家も含めるのが特徴で、思想の違いを越えた一点です。そして生死の両面で結果が示されます。生きては余計な瘤にならず、死んでは漂う鬼にならない。次の段で、それを失った例が示されます。思想の違いを越えた一点として、挙げられているのが特徴です。
この章句が説くこと
斃後已諸家共通贅疣幽鬼
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