呻吟語 / 内篇・存心・千古の聖賢は只だ是れ心を治むるのみ
渾身五臟六腑、百脈千絡、耳目口鼻、四肢百骸、毛髮甲爪,以至衣裳冠履,都無分毫罪過,都與堯舜一般,只是一點方寸之心,千過萬罪,禽獸不如。千古聖賢只是治心,更不說別個。學者只是知得這個可恨,便有許大見識。
新字:渾身五臓六腑、百脈千絡、耳目口鼻、四肢百骸、毛髪甲爪,以至衣裳冠履,都無分毫罪過,都与堯舜一般,只是一点方寸之心,千過万罪,禽獣不如。千古聖賢只是治心,更不説別個。学者只是知得這個可恨,便有許大見識。
書き下し
渾身の五臟六腑・百脈千絡・耳目口鼻・四肢百骸・毛髮甲爪、以て衣裳冠履に至るまで、都て分毫の罪過無く、都て堯舜と一般なり。只だ是れ一點方寸の心のみ、千過萬罪、禽獸に如かず。千古の聖賢は只だ是れ心を治むるのみ、更に別個を說かず。學者は只だ是れ這個の恨む可きを知り得れば、便ち許大の見識有らん。
現代語訳
全身の五臓六腑、無数の脈と絡、耳目口鼻、四肢や骨、髪や爪から、衣服や冠や履物に至るまで、どれにもわずかの罪も過ちもなく、みな堯舜と同じです。ただ一点、一寸四方の心だけが、千の過ちと万の罪を負い、鳥や獣にも及びません。千年の聖賢はただ心を治めただけで、ほかのことを説きませんでした。学ぶ者は、ただこの一点が恨めしいと知るだけで、たいへんな見識を持つことになります。
解説
体じゅうを一つずつ挙げて、どれにも罪が無いと確認していきます。臓器も四肢も髪も爪も、衣服や冠までも堯舜と同じだ、と。そこまで並べたうえで、ただ一点だけが千の過ちを負うと言う。対比の作り方が鮮やかです。そして聖賢の仕事が一つに絞られ、学ぶ者に求められるのも、この一点が問題だと知ることだけだと言われます。
この章句が説くこと
全身無罪方寸治心見識
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