呻吟語 / 外篇・品藻・士に三不顧有り
士有三不顧:行道濟時人顧不得愛身,富貴利達人顧不得愛德,全身遠害人顧不得愛天下。
新字:士有三不顧:行道済時人顧不得愛身,富貴利達人顧不得愛徳,全身遠害人顧不得愛天下。
書き下し
士に三不顧有り。道を行ひ時を濟ふ人は身を愛するを顧み得ず。富貴利達の人は德を愛するを顧み得ず。身を全うし害を遠ざくる人は天下を愛するを顧み得ず。
現代語訳
士には三つの顧みられないものがあります。道を行い時代を救う人は、自分の身を惜しむことを顧みられません。富貴と栄達を求める人は、徳を惜しむことを顧みられません。身を全うし害を遠ざける人は、天下を惜しむことを顧みられません。
解説
三つの生き方に、それぞれ捨てざるを得ないものを対応させます。道を行う人は身、栄達を求める人は徳、身を守る人は天下。どれを選んでも、必ず一つを手放すことになります。選択に必ず代価が伴うという構図で、身を守る生き方にも代価があると示されているのが要点です。身を守る生き方にも代価がある、と示されているのが要点です。
この章句が説くこと
三不顧代価選択身徳
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