呻吟語 / 外篇・品藻・各おの偏執を騁す
理聖人之口易,理眾人之口難。至人之口易為眾人,眾人之口難為聖人,豈直當時之毀譽,即千古英雄豪傑之士,節義正直之人,一入議論之家,彼臧此否,各騁偏執,互為雌黃。
新字:理聖人之口易,理眾人之口難。至人之口易為眾人,眾人之口難為聖人,豈直当時之毀誉,即千古英雄豪傑之士,節義正直之人,一入議論之家,彼臧此否,各騁偏執,互為雌黄。
書き下し
聖人の口を理むるは易く、眾人の口を理むるは難し。至人の口は眾人と為り易く、眾人の口は聖人と為り難し。豈に直だ當時の毀譽のみならんや。即ち千古の英雄豪傑の士、節義正直の人も、一たび議論の家に入れば、彼は臧し此は否とし、各おの偏執を騁せて、互ひに雌黃を為す。
現代語訳
聖人の口を整えるのは易しく、大勢の人の口を整えるのは難しい。至人の口は大勢の人になりやすく、大勢の人の口は聖人になりにくい。当時の毀誉だけの話ではありません。千年の英雄豪傑や節義正直の人でさえ、ひとたび議論好きの手にかかれば、あちらは善しこちらは悪しとされ、めいめいが偏った執着を振り回して、互いに書き換え合います。
解説
人物評が定まらない理由を、評する側の数と質に求めます。聖人は少なく大勢は多い。そして歴史上の人物さえ、議論好きの手にかかれば善悪が入れ替わるとされます。前に出てきた、百代の後から人を論ずるのは危ういという段と同じ主題で、こちらは評される側の受難として描かれています。評される側の受難として、描かれた一段になっています。
この章句が説くこと
人物評議論偏執歴史受難
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