呻吟語 / 外篇・品藻・公史は易く、信史は難し
真是真非,惟是非者知之,旁觀者不免信跡而誣其心,況門外之人,況千里之外,百年之後乎?其不虞之譽,求全之毀,皆愛憎也。其愛僧者,皆恩怨也。故公史易,信史難。
新字:真是真非,惟是非者知之,旁観者不免信跡而誣其心,況門外之人,況千里之外,百年之後乎?其不虞之誉,求全之毀,皆愛憎也。其愛僧者,皆恩怨也。故公史易,信史難。
書き下し
真の是非は、惟だ是非する者のみ之を知る。旁觀者も跡を信じて其の心を誣ふるを免れず。況んや門外の人、況んや千里の外、百年の後をや。其の不虞の譽、求全の毀は、皆な愛憎なり。其の愛憎は、皆な恩怨なり。故に公史は易く、信史は難し。
現代語訳
本当の是非は、当事者だけが知っています。傍で見ている者も、跡を信じて心を言いがかりにすることを免れません。まして門の外の人、まして千里の外、百年の後ならなおさらです。思いがけない誉れも、完全を求めての謗りも、みな愛憎から出ています。その愛憎は、みな恩と怨みから出ています。だから公正な史書は易しく、信ずるに足る史書は難しいのです。
解説
是非を知るのは当事者だけだとし、距離が離れるほど分からなくなると示します。そして毀誉の源を愛憎に、愛憎の源を恩怨に遡ります。最後の一句が要点で、公正と信頼を分けます。私心が無いだけでは足りず、事実が正確でなければ信ずるに足りない。史書の難しさを言い当てた一段です。当事者にしか分からないという前提が、全体を貫いています。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
史書公正信頼当事者愛憎
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