呻吟語 / 外篇・品藻・只だ是れ此の心虛平なり
見是賢者,就著意迴護,雖有過差,都向好邊替他想;見是不賢者,就著意搜索,雖有偏長,都向惡邊替他想,自宋儒以來率坐此失。大叚都是個偏識見,所謂好而不知其惡,惡而不知其美者。惟聖人便無此失,只是此心虛平。
新字:見是賢者,就著意迴護,雖有過差,都向好辺替他想;見是不賢者,就著意捜索,雖有偏長,都向悪辺替他想,自宋儒以来率坐此失。大叚都是個偏識見,所謂好而不知其悪,悪而不知其美者。惟聖人便無此失,只是此心虚平。
書き下し
是れ賢者と見れば、就ち意を著けて迴護し、過差有りと雖も、都て好き邊に向かひて他の為に想ふ。是れ不賢者と見れば、就ち意を著けて搜索し、偏長有りと雖も、都て惡しき邊に向かひて他の為に想ふ。宋儒より以來率ね此の失に坐す。大叚都是れ個の偏識見なり。所謂る好みて其の惡を知らず、惡みて其の美を知らざる者なり。惟だ聖人のみ便ち此の失無し。只だ是れ此の心虛平なり。
現代語訳
賢者だと見れば、わざわざかばい立てし、過ちがあってもみな良いほうに解釈してやります。賢くない者だと見れば、わざわざ粗探しをし、優れた点があってもみな悪いほうに解釈してやります。宋の儒者以来、おおよそこの誤りに陥っています。これはどれも偏った見方です。いわゆる好んでその悪を知らず、憎んでその美を知らないというものです。ただ聖人だけがこの誤りを免れます。ただ心が虚しく平らだからです。
解説
最初の評価が後の解釈をすべて決めてしまう仕組みを描きます。賢者と見ればかばい、そうでないと見れば粗探しをする。大学の、好んで悪を知らないという一句が引かれます。そして免れる条件は心の虚しさと平らさだけ。前に出てきた、公平な耳でも材料が偏れば意味が無いという段とも通じます。最初の評価が、後の解釈をすべて決めてしまうのです。
この章句が説くこと
先入観解釈偏見虚心評価
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