呻吟語 / 内篇・問學・矜念安くんぞ從りて生ぜん
把矜心要去得毫髮都盡,只有些須意念之萌,面上便帶著。聖賢志大心虛,只見得事事不如人,只見得人人皆可取,矜念安從生?此念不忘,只一善便自足,淺中狹量之鄙夫耳。
新字:把矜心要去得毫髪都尽,只有些須意念之萌,面上便帯著。聖賢志大心虚,只見得事事不如人,只見得人人皆可取,矜念安従生?此念不忘,只一善便自足,浅中狭量之鄙夫耳。
書き下し
矜心を把りて毫髮都て盡くるまで去るを要す。只だ些須の意念の萌す有らば、面上便ち帶著す。聖賢は志大きく心虛し。只だ事事人に如かざるを見得、只だ人人皆な取る可きを見得るのみ。矜念安くんぞ從りて生ぜん。此の念忘れざれば、只だ一善にして便ち自ら足れりとす。淺中狹量の鄙夫なるのみ。
現代語訳
誇る心は、毛ほども残らないまで取り去らねばなりません。ほんの少し思いが芽生えるだけで、顔にすぐ出てしまいます。聖賢は志が大きく心が空いています。ただ事ごとに人に及ばないと見え、人ごとにみな取るべき所があると見えるだけです。誇る心がどこから生まれるでしょうか。この思いを忘れられなければ、一つの善だけで満足してしまいます。内が浅く度量の狭い卑しい者にすぎません。
解説
誇る心が生じない仕組みを説明します。志が大きければ自分の不足が見え、心が空いていれば人の長所が見える。だから誇る材料が最初から無いのです。取り去る努力ではなく、見え方が変われば自然に消えるという構図が要点でしょう。そして残っている人を、一善で満足する浅く狭い者と呼んで終わります。取り去る努力ではなく、見え方が変われば自然に消えるのです。
この章句が説くこと
矜り志虚心視野満足
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