呻吟語 / 外篇・品藻・矜る者は皆な足らざるなり
富於道德者不矜事功,猶矜事功,道德不足也;富於心得者不矜聞見,猶矜獲見,心得不足也。文藝自多浮薄之心也,富貴自雄,卑陋之見也。此二人者,皆可憐也,而雄富貴者更不數於丈夫。行彼其冬烘盛大之態,皆君子之所欲嘔者也。而彼且志驕意得,可鄙孰甚焉?
新字:富於道徳者不矜事功,猶矜事功,道徳不足也;富於心得者不矜聞見,猶矜獲見,心得不足也。文芸自多浮薄之心也,富貴自雄,卑陋之見也。此二人者,皆可憐也,而雄富貴者更不数於丈夫。行彼其冬烘盛大之態,皆君子之所欲嘔者也。而彼且志驕意得,可鄙孰甚焉?
書き下し
道德に富む者は事功を矜らず。猶ほ事功を矜らば、道德足らざるなり。心得に富む者は聞見を矜らず。猶ほ聞見を矜らば、心得足らざるなり。文藝の自ら多とするは浮薄の心なり、富貴の自ら雄とするは卑陋の見なり。此の二人は、皆な憐れむ可きなり。而して富貴を雄とする者は更に丈夫に數へず。
現代語訳
道徳に富む者は功績を誇りません。なお功績を誇るなら、道徳が足りないのです。心に得たものが豊かな者は見聞を誇りません。なお見聞を誇るなら、心に得たものが足りないのです。文や芸をもって自分を多とするのは浮ついた心であり、富貴をもって自分を雄とするのは卑しく狭い見方です。この二人はどちらも憐れむべきです。そして富貴を雄とする者は、もはや男子の数にも入りません。
解説
誇る対象を、不足の印として読みます。功績を誇れば道徳が足りず、見聞を誇れば心得が足りない。何を誇っているかで、何が欠けているかが分かるという構図です。そして文芸と富貴を誇る二者を憐れみ、富貴のほうはさらに下とされます。誇りを診断材料に変えた一段になっています。誇りを、診断材料に変えてしまった一段です。
この章句が説くこと
誇り不足診断文芸富貴
関連する章句
-
『呻吟語』内篇・問學・矜念安くんぞ從りて生ぜん矜心を把りて毫髮都て盡くるまで去るを要す。只だ些須の意念の萌す有らば、面上便ち帶著す。聖賢は志大きく心虛し。只だ事事人に如かざるを見得、只だ人人皆な取る可きを見得るのみ。矜念安くんぞ從りて生ぜん。此の念忘れざれば、只だ一善にして便ち自ら足れりとす。淺中狹量の鄙夫なるのみ。
-
『呻吟語』内篇・問學・世間に一件の人に驕る可き事無し世間に一件の人に驕る可き事無し。才藝は人に驕るに足らず。德行は是れ我が性分の事なり。堯・舜・周・孔に到らざれば、便ち是れ欠缺なり。欠缺なれば便ち自ら恥づ可し。如何ぞ人に驕り得ん。
-
『呻吟語』内篇・談道・盛德の容貌は愚なるが若し才かに一分の自滿の心有れば、面上便ち自滿の色を帶び、口中便ち自滿の聲を出だす。此れ有道の恥づる所なり。見ること大なる時は、世間再び滿つ可き事無く、吾が分再び滿つる能ふ時無し。何ぞ滿つ可きの有らん。故に盛德の容貌は愚なるが若し。
-
『呻吟語』外篇・品藻・士氣と傲氣士氣は無かる可からず、傲氣は有る可からず。士氣なる者は、人己の分に明らかにして、正を守りて詭隨せず。傲氣なる者は、上下の等に昧くして、高きを好みて位に素せず。自ら處する者は每に人に傲るを以て士氣と為し、人を觀る者は每に士氣を以て人に傲ると為す。悲しいかな。故に惟だ士氣有る者のみ能く己を謙りて人に下る。
-
『呻吟語』内篇・應務・富貴貧賤は算を除外す貧賤は傲を以て德と為し、富貴は謙を以て德と為すは、皆な賢人の見なるのみ。聖人は只だ理の當に何如なるべきかを看る。富貴貧賤は算を除外す。
-
『呻吟語』外篇・品藻・斗筲の人は富貴を重んず上士は道德に宜しく、中士は功名を重んじ、下士は辭章を重んじ、斗筲の人は富貴を重んず。