呻吟語 / 外篇・品藻・吾必ず以て聖人と為さん
獨處看不破,忽處看不破,勞倦時看不破,急遽倉卒時看不破,驚憂驟感時看不破,重大獨當時看不破,吾必以為聖人。
新字:独処看不破,忽処看不破,労倦時看不破,急遽倉卒時看不破,驚憂驟感時看不破,重大独当時看不破,吾必以為聖人。
書き下し
獨處に看破せず、忽處に看破せず、勞倦の時に看破せず、急遽倉卒の時に看破せず、驚憂驟感の時に看破せず、重大獨當の時に看破せず。吾必ず以て聖人と為さん。
現代語訳
独りでいる時に見破られず、緩んでいる時に見破られず、疲れ切っている時に見破られず、差し迫って慌ただしい時に見破られず、驚き憂い急に心を動かされた時に見破られず、重い責任を一人で負っている時に見破られない。私は必ずそれを聖人と呼びます。
解説
品藻篇の冒頭に、人物を測る六つの場面が置かれます。独り、緩み、疲労、急場、動揺、重責。どれも取り繕う余裕の無い場面ばかりです。そのすべてで底を見せなければ聖人だ、と。平時の振る舞いは一つも入っておらず、崩れやすい場面だけで判定する構えになっています。平時の振る舞いが一つも入っていない、判定表です。崩れやすい場面だけで、人を判定する構えです。
この章句が説くこと
人物評六場面独処疲労重責
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