呻吟語 / 外篇・聖賢・聖人は自家底の見識沒し
聖人沒自家底見識。
新字:聖人没自家底見識。
書き下し
聖人は自家底の見識沒し。
現代語訳
聖人には自分だけの見識がありません。
解説
わずか十字ほどの一段です。自分だけの見識、つまり独自の見方を持たない。個性や独創を価値とする感覚からすれば意外ですが、この書では一貫した主張です。前に出てきた、自分の気質を法度とすれば一偏の聖人になるという段と同じ立場で、独自性の無さが最上とされています。独自性の無さが、最上とされているのが特徴です。
この章句が説くこと
見識独自無私個性最上
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