呻吟語 / 内篇・修身・六易と六難
以聖賢之道教人易,以聖賢之道治人難,以聖賢之道出口易,以聖賢之道躬行難;以聖賢之道奮始易,以聖賢之道克終難;以聖賢之道當人易,以聖賢之道慎獨難;以聖賢之道口耳易,以聖賢之道心得難;以聖賢之道處常易,以聖賢之道處變難。過此六難,真到聖賢地步。區區六易,豈不君子路上人?終不得謂篤實之士也。
新字:以聖賢之道教人易,以聖賢之道治人難,以聖賢之道出口易,以聖賢之道躬行難;以聖賢之道奮始易,以聖賢之道克終難;以聖賢之道当人易,以聖賢之道慎独難;以聖賢之道口耳易,以聖賢之道心得難;以聖賢之道処常易,以聖賢之道処変難。過此六難,真到聖賢地歩。区区六易,豈不君子路上人?終不得謂篤実之士也。
書き下し
聖賢の道を以て人に教ふるは易く、聖賢の道を以て人を治むるは難し。聖賢の道を以て口に出だすは易く、聖賢の道を以て躬行するは難し。聖賢の道を以て始めに奮ふは易く、聖賢の道を以て終はりに克つは難し。聖賢の道を以て人に當たるは易く、聖賢の道を以て獨を慎むは難し。聖賢の道を以て口耳するは易く、聖賢の道を以て心に得るは難し。聖賢の道を以て常に處るは易く、聖賢の道を以て變に處るは難し。此の六難を過ぐれば、真に聖賢の地步に到る。區區たる六易は、豈に君子の路上の人ならざらんや。終に篤實の士と謂ふを得ざるなり。
現代語訳
聖賢の道で人に教えるのは易しく、その道で人を治めるのは難しい。口に出すのは易しく、身をもって行うのは難しい。始めに奮い立つのは易しく、終わりまで克つのは難しい。人に当たるのは易しく、独りを慎むのは難しい。耳と口で扱うのは易しく、心に得るのは難しい。常の時に処するのは易しく、変事に処するのは難しい。この六つの難を越えれば、本当に聖賢の域に至ります。ささやかな六つの易のほうは、君子の道の上にいる人ではあるでしょう。しかし結局は篤実の士とは言えません。
解説
聖賢の道の扱い方を、六組の易しいと難しいに分けて並べます。教える対治める、言う対行う、始め対終わり、人前対独り、耳口対心、常対変。どの組も、後半が人目に付かないか手応えが薄いほうです。そして六つの易しいほうを全部こなしても篤実の士ではないと切り捨てる。半分だけできている人を正確に位置づけた一段です。
この章句が説くこと
難易実行慎独変事篤実
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