呻吟語 / 外篇・聖賢・才かに奇なれば便ち是れ賢者
聖人之道不奇,才奇便是賢者。
書き下し
聖人の道は奇ならず。才かに奇なれば便ち是れ賢者なり。
現代語訳
聖人の道は奇抜ではありません。少しでも奇抜であれば、それはもう賢者です。
解説
奇抜さを、聖人と賢者を分ける目印にします。聖人の道には目立つところが無く、目立てば一段下がる。前に出てきた、聖人の道は平らで広く賢者の道は険しく狭いという段と同じ主張です。十数字ですが、人物を測る物差しとして使えます。分かりやすい特色がある人ほど、まだ上があるということになります。分かりやすい特色がある人ほど、まだ上があるのです。
この章句が説くこと
奇平凡聖賢目印判定
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『呻吟語』外篇・聖賢・才かに人をして異樣と覺えしめば世上に另に一種の人と作りて、一世の短を形す休め。聖人も也た只だ是れ人と一般なり。才かに人をして異樣と覺えしめば便ち是れ聖人ならず。
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『呻吟語』内篇・問學・聖人の道は平、賢者の道は峻萬仞崚嶒として人を呼ぶに登るを以てすれば、登る者必ず少なし。故に聖人の道は平らかにして、賢者の道は峻し。穴隙迫窄として人を招くに入るを以てすれば、入る者必ず少なし。故に聖人の道は博くして、賢者の道は狹し。
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『呻吟語』外篇・聖賢・性の聖人と反の聖人性の聖人は、只だ是れ個の理と相忘れ、道と體を為し、思を待たず。惟だ橫行直撞して、恰も時中と吻合す。反の聖人は、常常小心に規を循ひ矩を蹈み、前に望み後を顧みて、才かに中の字を執り得。稍しく放鬆すれば便ち過不及の差有り。是を以て聖を希ふ君子は心上に一時も情に任せ意を恣にする處無し。
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『呻吟語』外篇・聖賢・聖人は自家底の見識沒し聖人は自家底の見識沒し。
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『呻吟語』外篇・聖賢・轉移して人に覺らせず聖人の妙處は人を轉移して覺らせざるに在り。賢者以下は便ち圭角を露はし、聲色を費やす。做し出だし來たれば只だ張皇を見る。
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『呻吟語』外篇・聖賢・聖人は人に示すに難法を以てせず聖人は人に示すに難法を以てせず。其の行ふ所は、天下萬世の能くす可き者なり。其の言ふ所は、天下萬世の知る可き者なり。聖人の貶して以て人に徇ふに非ざるなり。聖人其の能はざる所を行ひ、其の知らざる所を言はんと欲すと雖も、得可からざるなり。道は本と是の如く、其れ知り易く從ひ易きなり。