呻吟語 / 外篇・聖賢・予面に愧づる有り
有相予者,謂面上部位多貴,處處指之。予曰:「所憂不在此也。汝相予一心要包藏得天下理,相予兩肩要擔當得天下事,相予兩腳要踏得萬事定,雖不貴,子奚憂?不然,予有愧於面也。」
新字:有相予者,謂面上部位多貴,処処指之。予曰:「所憂不在此也。汝相予一心要包蔵得天下理,相予両肩要担当得天下事,相予両腳要踏得万事定,雖不貴,子奚憂?不然,予有愧於面也。」
書き下し
予を相する者有り、面上の部位多く貴しと謂ひ、處處之を指す。予曰く、「憂ふる所は此に在らざるなり。汝予が一心を相て天下の理を包藏し得るを要し、予が兩肩を相て天下の事を擔當し得るを要し、予が兩腳を相て萬事を踏み得て定まるを要す。貴からずと雖も、子奚ぞ憂へん。然らずんば、予面に愧づる有り」と。
現代語訳
私を人相見する者がいて、顔の部位の多くが貴い相だと言い、あちこちを指しました。私は言いました。私が憂えているのはそこではありません。あなたは私の心を見て、天下の理を包み収められるかを見てほしい。私の両肩を見て、天下の事を引き受けられるかを見てほしい。私の両足を見て、万事を踏み定められるかを見てほしい。貴くならなくても、何を憂えるでしょうか。そうでなければ、私はこの顔に恥じ入ります。
解説
人相見に貴い相だと言われて、見るべき場所が違うと返します。心と肩と足。それぞれ理を収める器、事を担う力、踏み定める安定に対応しています。そして貴くなくても構わないと言い、逆にそれが無ければ顔に恥じると結びます。運勢の話を、そのまま自己点検の三項目に変えてしまった一段です。運勢の話を、自己点検の三項目に変えてしまった一段です。
この章句が説くこと
人相心肩足器量運勢点検
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