呻吟語 / 外篇・聖賢・萬事に順ひて情無し
聖人絕四,不惟纖塵微障無處著腳,即萬理亦無作用處,所謂順萬事而無情也。
新字:聖人絶四,不惟繊塵微障無処著腳,即万理亦無作用処,所謂順万事而無情也。
書き下し
聖人の四を絕つは、惟だ纖塵微障の腳を著くる處無きのみならず、即ち萬理も亦た作用する處無し。所謂る萬事に順ひて情無しなり。
現代語訳
聖人が四つを絶つというのは、細かな塵や微かな障りが足を置く場所が無いというだけでなく、万の理さえ働く場所が無いということです。いわゆる万事に順いながら情を持たないということです。
解説
孔子が四つを絶ったという言葉を、極限まで読み込みます。塵も障りも入れないだけでなく、理さえ働く場所が無い。理まで無くすというのが思い切ったところで、原則を握っていることさえ余分だとされます。そして万事に順いながら情を持たない、という程明道の言葉に着地します。原則を握っていることさえ、余分だとされています。
この章句が説くこと
絶四無理無情順応極限
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