呻吟語 / 外篇・聖賢・鄉黨に孔子の氣象を見る
讀書要看聖人氣象性情。鄉黨見孔子氣象十九至其七情。
新字:読書要看聖人気象性情。鄉党見孔子気象十九至其七情。
書き下し
書を讀むは聖人の氣象性情を看るを要す。鄉黨に孔子の氣象を見、十九にして其の七情に至る。
現代語訳
書を読むときは、聖人の様子と性情を見ることが必要です。郷党篇には孔子の様子が見え、そのほとんどに七つの情が見えます。
解説
読書の目的を、教えの中身ではなく人の様子に置きます。論語の郷党篇は孔子の起居や服装を細かく記した章で、そこに人柄が現れる。教えを覚えるためではなく、その人を見るために読むという構えです。次の段で、具体的にどの場面に何の情が見えるかが列挙されます。教えを覚えるためではなく、その人を見るために読むという構えです。次の段で、具体的な場面が列挙されます。
この章句が説くこと
読書気象性情郷党人
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