呻吟語 / 内篇・修身・群して黨せず
處眾人中,孤另另的別作一色人,亦吾道之所不取也。子曰:「群而不黨。」群占了八九分,不黨,只到那不可處方用。其用之也,不害其群,才見把持,才見涵養。
新字:処眾人中,孤另另的別作一色人,亦吾道之所不取也。子曰:「群而不党。」群占了八九分,不党,只到那不可処方用。其用之也,不害其群,才見把持,才見涵養。
書き下し
眾人の中に處り、孤另另として別に一色の人と作るは、亦た吾が道の取らざる所なり。子曰く、「群して黨せず」と。群は八九分を占め、黨せざるは、只だ那の不可なる處に到りて方に用ふ。其の之を用ふるや、其の群を害せず。才かに把持を見、才かに涵養を見る。
現代語訳
大勢の中にいて、ひとり離れて別種の人になるのも、我々の道の取らないところです。孔子は、群れても党を組まないと言いました。群れるほうが八九分を占め、党を組まないというのは、どうしてもいけないという所に来て初めて使うものです。そして使うときも、群れを害しません。そこにようやく守る力が見え、養いが見えるのです。
解説
孔子の群而不黨という一句を、配分として読み解いた一段です。群れる部分が八割から九割で、独りを通すのは残りの一割にすぎない。しかもその一割を使うときも、群れを壊さないと言います。孤高を気取る人への批評であり、同時に同調しきる人への戒めでもあります。守る力が見えるのは、この一割の使い方だけだという結びが効いています。
この章句が説くこと
群党同調独立配分
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