呻吟語 / 外篇・聖賢・一偏底の聖人
孔子是五行造身,兩儀成性。其餘聖人得金氣多者則剛明果斷,得木氣多者則樸素質直,得火氣多者則發揚奮迅,得水氣多者則明徹圓融,得土氣多者則鎮靜渾厚,得陽氣多者則光明軒豁,得陰氣多者則沉默精細。氣質既有所限,雖造其極,終是一偏底聖人。此七子者,共事多不相合,共言多不相入,所同者大根本大節目耳。
新字:孔子是五行造身,両儀成性。其余聖人得金気多者則剛明果断,得木気多者則樸素質直,得火気多者則発揚奮迅,得水気多者則明徹円融,得土気多者則鎮静渾厚,得陽気多者則光明軒豁,得陰気多者則沈黙精細。気質既有所限,雖造其極,終是一偏底聖人。此七子者,共事多不相合,共言多不相入,所同者大根本大節目耳。
書き下し
孔子は是れ五行身を造り、兩儀性を成す。其の餘の聖人は金氣を得ること多き者は則ち剛明果斷、木氣を得ること多き者は則ち樸素質直、火氣を得ること多き者は則ち發揚奮迅、水氣を得ること多き者は則ち明徹圓融、土氣を得ること多き者は則ち鎮靜渾厚、陽氣を得ること多き者は則ち光明軒豁、陰氣を得ること多き者は則ち沉默精細なり。氣質既に限る所有れば、其の極を造ると雖も、終に是れ一偏底の聖人なり。此の七子は、事を共にして多く相合はず、言を共にして多く相入らず。同じき所の者は大根本大節目のみ。
現代語訳
孔子は五行が身を造り、陰陽が性を成しています。その他の聖人は、金の気を多く得た者は剛く明らかで思い切りよく、木の気を多く得た者は素朴でまっすぐ、火の気を多く得た者は奮い立ち、水の気を多く得た者は澄んで円やかに通じ、土の気を多く得た者は鎮まり厚く、陽の気を多く得た者は明るく広々とし、陰の気を多く得た者は沈黙して細やかです。気質に限りがある以上、その極みに達しても、結局は偏った聖人です。この七人は、共に事をすれば多く合わず、共に語れば多く入り合いません。同じなのは大きな根本と大きな節目だけです。
解説
聖人にも偏りがあるとし、七つの型に分けます。剛明、素直、奮迅、円融、鎮静、軒豁、精細。孔子だけが全部を備えた例外とされます。そして七人の聖人は共に事をすれば合わないとまで言う。前に出てきた、五者が主になれば事が敗れるという段と同じ構図で、こちらは聖人の水準で描かれています。五者が主になれば事が敗れるという議論が、聖人の水準で描かれています。
この章句が説くこと
聖人偏り五行型孔子
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