呻吟語 / 外篇・聖賢・其の餘は明らかなる所有れば必ず昏き所有り
堯、舜、周、孔之道,如九達之衢,無所不通;如代明之日月,無所不照。其餘有所明,必有所昏,夷、尹、柳下惠昏於清、任、和,佛氏昏於寂,老氏昏於裔,楊氏昏於義,墨氏昏於仁,管、商昏於法。其心有所向也,譬之鵑鴿知南;其心有所厭也,譬之盍旦惡夜。豈不純然成一家人物?競是偏氣。
新字:堯、舜、周、孔之道,如九達之衢,無所不通;如代明之日月,無所不照。其余有所明,必有所昏,夷、尹、柳下恵昏於清、任、和,仏氏昏於寂,老氏昏於裔,楊氏昏於義,墨氏昏於仁,管、商昏於法。其心有所向也,譬之鵑鴿知南;其心有所厭也,譬之盍旦悪夜。豈不純然成一家人物?競是偏気。
書き下し
堯・舜・周・孔の道は、九達の衢の如く、通ぜざる所無し。代明の日月の如く、照らさざる所無し。其の餘は明らかなる所有れば、必ず昏き所有り。夷・尹・柳下惠は清・任・和に昏く、佛氏は寂に昏く、老氏は裔に昏く、楊氏は義に昏く、墨氏は仁に昏く、管・商は法に昏し。其の心向かふ所有るなり。譬へば鵑鴿の南を知るがごとし。其の心厭ふ所有るなり。譬へば盍旦の夜を惡むがごとし。豈に純然として一家の人物と成らずや。競に是れ偏氣なり。
現代語訳
堯舜周公孔子の道は、九方に通じる大通りのようで、通じないところがありません。代わる代わる照らす日月のようで、照らさないところがありません。その他の者は、明るいところがあれば必ず暗いところがあります。伯夷や伊尹や柳下恵は清と任と和に暗く、仏は寂に暗く、老は遠さに暗く、楊朱は義に暗く、墨翟は仁に暗く、管仲や商鞅は法に暗い。心が向かうところがあるからです。鳩が南を知るようなものです。心が厭うところがあるからです。夜を憎む鳥のようなものです。まったく一つの流儀を成した人物ではあります。しかし結局は偏った気です。
解説

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