呻吟語 / 外篇・聖賢・天下人に一個として
伊尹看天下人無一個不是可憐的,伯夷看天下人無一個不是可惡的,柳下惠看天下人無個不是可與的。
新字:伊尹看天下人無一個不是可憐的,伯夷看天下人無一個不是可悪的,柳下恵看天下人無個不是可与的。
書き下し
伊尹は天下の人を看るに一個として是れ憐れむ可からざる無し。伯夷は天下の人を看るに一個として是れ惡む可からざる無し。柳下惠は天下の人を看るに一個として是れ與す可からざる無し。
現代語訳
伊尹は天下の人を見て、憐れむべきでない者は一人もいないと見ました。伯夷は天下の人を見て、憎むべきでない者は一人もいないと見ました。柳下恵は天下の人を見て、与すべきでない者は一人もいないと見ました。
解説
三人の聖人が、同じ天下の人をまるで違って見たことを並べます。憐れむ、憎む、受け入れる。どれも一人の例外もありません。同じ対象がこれほど違って見えるのは、見る側の性質が決めているからです。前に出てきた、批評は批評者を映すという段と同じ構図が、聖人の水準で示された一段になっています。批評は批評者を映すという構図が、聖人の水準で示されます。
この章句が説くこと
視点伊尹伯夷柳下恵偏り
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