呻吟語 / 外篇・聖賢・一なれば極を詣り、全なれば妙を臻む
聖人一,聖人全,一則獨詣其極,全則各臻其妙。惜哉!
新字:聖人一,聖人全,一則独詣其極,全則各臻其妙。惜哉!
書き下し
聖人は一、聖人は全なり。一なれば則ち獨り其の極を詣り、全なれば則ち各おの其の妙を臻む。惜しいかな。
現代語訳
聖人は一であり、聖人は全です。一であれば独りその極みに至り、全であればそれぞれの妙に達します。惜しいことです。
解説
聖人の二つの型を、一と全で示します。一は一点を極めること、全はすべてに達すること。どちらも聖人の姿ですが、前の段で示された偏りのある聖人が一、孔子が全に当たるのでしょう。そして最後に惜しいかなと嘆きます。何を惜しんだかは書かれておらず、余韻を残す形になっています。何を惜しんだかは書かれず、余韻を残す形になっています。
この章句が説くこと
一全極み妙聖人
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