呻吟語 / 外篇・聖賢・清任和時は孟子の議定せる諡法
清任和時,是孟子與四聖人議定的諡法。祖術堯、舜,憲章文、武,上律天時,下襲水土,是子思作仲尼的贊語。
新字:清任和時,是孟子与四聖人議定的諡法。祖術堯、舜,憲章文、武,上律天時,下襲水土,是子思作仲尼的賛語。
書き下し
清任和時は、是れ孟子と四聖人と議定せる諡法なり。堯・舜を祖述し、文・武を憲章し、上は天時に律り、下は水土を襲ぐは、是れ子思の仲尼の贊語を作れるなり。
現代語訳
清、任、和、時というのは、孟子が四人の聖人と議して定めた贈り名のようなものです。堯舜を祖として述べ、文王武王を規範とし、上は天の時に則り、下は水土を受け継ぐというのは、子思が孔子について作った賛辞です。
解説
孟子が伯夷を清、伊尹を任、柳下恵を和、孔子を時と評したことを、贈り名になぞらえます。そして子思が孔子を評した言葉を賛辞と呼びます。人物評が後の世の定評になっていく様子を、命名という角度から捉えた一段です。誰がどう呼んだかが、その人物の像を決めてきたということでもあります。誰がどう呼んだかが、その人物の像を決めてきたのです。
この章句が説くこと
人物評諡清任和時孟子命名
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