呻吟語 / 内篇・問學・聖人の道は平、賢者の道は峻
萬仞崚嶒而呼人以登,登者必少。故聖人之道平,賢者之道峻。穴隙迫窄而招人以入,入者必少。故聖人之道博,賢者之道狹。
新字:万仞崚嶒而呼人以登,登者必少。故聖人之道平,賢者之道峻。穴隙迫窄而招人以入,入者必少。故聖人之道博,賢者之道狭。
書き下し
萬仞崚嶒として人を呼ぶに登るを以てすれば、登る者必ず少なし。故に聖人の道は平らかにして、賢者の道は峻し。穴隙迫窄として人を招くに入るを以てすれば、入る者必ず少なし。故に聖人の道は博くして、賢者の道は狹し。
現代語訳
万仞の険しい山に立って人を呼び登らせれば、登る者は必ず少ない。だから聖人の道は平らで、賢者の道は険しい。狭い穴の隙間から人を招き入れれば、入る者は必ず少ない。だから聖人の道は広く、賢者の道は狭い。
解説
聖人と賢者の道を、高さと広さで比べます。聖人の道は平らで広く、賢者の道は険しく狭い。つまり聖人のほうが誰でも入れるということです。高く難しいほうが上だという先入観を、正面から覆します。教えの値打ちを、到達の難しさではなく入口の広さで測るという見方が、この一段の芯にあります。教えの値打ちを、入口の広さで測るという見方です。
この章句が説くこと
聖人賢者平易広さ入口
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