呻吟語 / 外篇・聖賢・剛を貴ぶは己に勝つ
所貴乎剛者,貴其能勝己也,非以其能勝人也。子路不勝其好勇之私,是為勇字所伏,終不成個剛者。聖門稱剛者誰?吾以為恂恂之顏子,其次魯鈍之曾子而已,餘無聞也。
新字:所貴乎剛者,貴其能勝己也,非以其能勝人也。子路不勝其好勇之私,是為勇字所伏,終不成個剛者。聖門称剛者誰?吾以為恂恂之顏子,其次魯鈍之曽子而已,余無聞也。
書き下し
剛を貴ぶ所以の者は、其の能く己に勝つを貴ぶなり。其の能く人に勝つを以てするに非ざるなり。子路は其の勇を好むの私に勝たず、是れ勇の字の為に伏せらる。終に個の剛者と成らず。聖門に剛を稱する者は誰ぞ。吾以為へらく恂恂たるの顏子、其の次は魯鈍なるの曾子のみ。餘は聞く無し。
現代語訳
剛さを貴ぶのは、それが自分に勝てるからです。人に勝てるからではありません。子路は勇を好む私心に勝てず、勇という一字に押さえつけられました。ついに剛の者にはなれませんでした。聖人の門で剛と称される者は誰でしょうか。私が思うに、慎み深い顔回、その次は鈍い曾子だけです。他には聞きません。
解説
剛の定義を、人に勝つことから自分に勝つことへ移します。そして勇で名高い子路を、剛ではないと判定します。理由は、勇を好む私心に勝てなかったから。代わりに挙げられるのが顔回と曾子で、どちらも大人しく鈍いとされる人物です。強さの見え方を完全に裏返した一段になっています。強さの見え方を、完全に裏返した一段になっています。
この章句が説くこと
剛克己子路顔回裏返し
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