孔子家語 / 顏回
顏回問子路曰:「力猛於德而得其死者,鮮矣。盍慎諸焉?」
新字:顏回問子路曰:「力猛於徳而得其死者,鮮矣。盍慎諸焉?」
書き下し
顏回子路に問いて曰わく、「力徳よりも猛くして其の死を得る者、鮮なし。盍ぞ諸を慎まざる。」
現代語訳
顔回が子路に言った。「力が徳よりも勝っていて、それでいて天寿を全うできる者は、めったにいません。どうしてこのことを慎まないのですか。」
解説
力が徳に勝る者は非業の死を遂げやすいとして、顔回が子路をいさめた短い言葉です。子路は勇力に優れ、後年、衛の内乱に巻き込まれて非業の死を遂げたことが知られており、この一言は暗にそうした危うさを見抜いた忠告として伝わってきます。力や勇気そのものが悪いのではなく、それが徳による抑制を欠いたまま突出することが危険なのだという指摘です。腕力や実行力に自信のある人ほど、それを制御する内面の徳や慎重さを併せ持つ必要があるという教えであり、才能や能力が高いほど、その使い方にこそ人格の成熟が問われるという、現代のリーダー論にも通じる警句です。
この章句が説くこと
顔回子路力と徳慎み忠告
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