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呻吟語 / 外篇・聖賢・獨精を以て未至を補ふ

聖人嘗自視不如人,故天下無有如聖者,非聖人之過虛也,四海之廣,兆民之眾,其一才一智未必皆出聖人下也。以聖人無所不能,豈無一毫之未至;以眾人之無所能,豈無一見之獨精。以獨精補未至,固聖人之所樂取也。此聖人之心日歉然不自滿足,日汲汲然不已於取善也。

新字:聖人嘗自視不如人,故天下無有如聖者,非聖人之過虚也,四海之広,兆民之眾,其一才一智未必皆出聖人下也。以聖人無所不能,豈無一毫之未至;以眾人之無所能,豈無一見之独精。以独精補未至,固聖人之所楽取也。此聖人之心日歉然不自満足,日汲汲然不已於取善也。

書き下し

聖人は嘗て自ら人に如かずと視る。故に天下に聖の如き者有る無し。聖人の過虛に非ざるなり。四海の廣、兆民の眾、其の一才一智は未だ必ずしも皆な聖人の下に出でざるなり。聖人の能はざる所無きを以てするも、豈に一毫の未だ至らざる無からんや。眾人の能ふ所無きを以てするも、豈に一見の獨り精なる無からんや。獨精を以て未至を補ふは、固より聖人の樂しみて取る所なり。此れ聖人の心日に歉然として自ら滿足せず、日に汲汲然として善を取るに已まざる所以なり。

現代語訳

聖人はいつも自分は人に及ばないと見ています。だから天下に聖人のような者がいないのです。聖人が謙遜しすぎているのではありません。四海の広さ、億兆の民の中で、一つの才や一つの智恵が必ずしも聖人より劣るとは限らないからです。聖人にできないことが無いとしても、毛ほども至らないところが無いでしょうか。大勢の人にできることが無いとしても、一つだけ精しく見えるところが無いでしょうか。その一つの精しさで自分の至らなさを補うのは、聖人が喜んで取るところです。だから聖人の心は日ごとに足りないと感じ、日ごとにせわしく善を取り続けるのです。

解説

聖人が謙虚な理由を、事実として説明します。億兆の民の中には、一点だけ自分より優れた者が必ずいる。だから取るのは謙遜ではなく利益です。そして自分にも至らない一点が必ずあるとされます。二つの一点を突き合わせることで、学び続ける理由が理屈として成立する一段になっています。二つの一点を突き合わせて、学び続ける理由が成立します。

この章句が説くこと

謙虚一点補う取善理屈

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