呻吟語 / 外篇・世運・五兵を銷して金人十二を鑄る
一種不萌芽,六塵不締構,何須度萬眾成羅漢三千?九邊無夷狄,四海無奸雄,只宜銷五兵鑄金人十二。
新字:一種不萌芽,六塵不締構,何須度万衆成羅漢三千?九辺無夷狄,四海無奸雄,只宜銷五兵鋳金人十二。
書き下し
一種萌芽せず、六塵締構せずんば、何ぞ須らく萬眾を度して羅漢三千と成すべけんや。九邊に夷狄無く、四海に奸雄無くんば、只だ宜しく五兵を銷して金人十二を鑄るべし。
現代語訳
一つの種も芽吹かず、六つの塵も結び合わなければ、どうして万の人々を救って三千の羅漢にする必要があるでしょうか。辺境に異民族が無く四海に奸雄が無ければ、ただ五つの武器を溶かして十二の金人を鋳ればよいのです。
解説
世運篇を締めくくる一段です。煩悩が起きなければ救済は要らず、敵がいなければ武器は要らない。どちらも、対策が必要なのは問題があるからだという当たり前を裏返しています。秦の始皇帝が武器を集めて金人を鋳た故事を引きながら、そもそも要らない世を願う。理想を、無くてよいものの列挙で描いた形です。理想を、無くてよいものの列挙で描いた形になっています。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
救済武器不要理想裏返し
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