呻吟語 / 外篇・天地・均しければ則ち各おの足る
輕清之氣為霜露,濃濁之氣為雲雨。春雨少者,薰蒸之氣未濃也。春多雨則沁夏之氣,而夏雨必少,夏多雨者,薰蒸之氣有餘也。夏少雨則積氣之餘,而秋雨必多,此謂氣之常耳。至於霪潦之年,必有亢陽之年,則數年總計也。蜀中之漏天,四時多雨;雲中之高地,四時多旱;吳下之水鄉,黃梅之雨為多,則四方互計也。總之,一個陰陽,一般分數,先有餘則後不足,此有餘則彼不足,均則各足,是謂太和,太和之歲,九有皆豐。
新字:軽清之気為霜露,濃濁之気為雲雨。春雨少者,薫蒸之気未濃也。春多雨則沁夏之気,而夏雨必少,夏多雨者,薫蒸之気有余也。夏少雨則積気之余,而秋雨必多,此謂気之常耳。至於霪潦之年,必有亢陽之年,則数年総計也。蜀中之漏天,四時多雨;雲中之高地,四時多旱;吳下之水鄉,黄梅之雨為多,則四方互計也。総之,一個陰陽,一般分数,先有余則後不足,此有余則彼不足,均則各足,是謂太和,太和之歳,九有皆豊。
書き下し
輕清の氣は霜露と為り、濃濁の氣は雲雨と為る。春雨少なきは、薰蒸の氣未だ濃からざればなり。春に雨多ければ則ち夏の氣を沁し、而して夏雨必ず少なし。夏に雨多きは、薰蒸の氣餘り有ればなり。夏に雨少なければ則ち積氣の餘、而して秋雨必ず多し。總じて、一個の陰陽、一般の分數なり。先に餘り有れば則ち後に足らず、此に餘り有れば則ち彼に足らず。均しければ則ち各おの足る。是れを太和と謂ふ。太和の歲は、九有皆な豐かなり。
現代語訳
軽く澄んだ気は霜や露となり、濃く濁った気は雲や雨となります。春に雨が少ないのは、蒸し上がる気がまだ濃くないからです。春に雨が多ければ夏の気を使ってしまい、夏の雨は必ず少なくなります。夏に雨が多いのは、蒸し上がる気に余りがあるからです。夏に雨が少なければ積もった気が余り、秋の雨は必ず多くなります。要するに、一つの陰陽、一定の分量です。先に余りがあれば後が足りず、こちらに余りがあればあちらが足りない。均しければそれぞれが足ります。これを大いなる和と言います。大いなる和の年は、九つの州がみな豊作です。
解説
この章句が説くこと
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『呻吟語』外篇・天地・勢極まれば必ず反る大抵陰陽の氣は一たび偏れば必ず極まり、勢極まれば必ず反る。陰陽乖戾して分かる。故に孤陽亢りて陰に下らざれば則ち旱す。其の極まる無くんばあらず、陽極まれば必ず陰を生ず。故に久しくして雨ふる。陰陽和合して留まる。故に淫陰升りて陽を捨てざれば則ち雨ふる。其の極まる無くんばあらず、陰極まれば必ず陽を生ず。故に久しくして睛る。
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『呻吟語』外篇・天地・陰陽は萬物に原と相干せず萬物は陰陽に生じ、陰陽に死す。陰陽は萬物に於て原と相干せず、其の自然に任するのみ。雨は物を潤さんと欲するに非ず、旱は物を熯さんと欲するに非ず、風は物を撓さんと欲するに非ず、雷は物を震はんと欲するに非ず。陰陽は其の氣の自然に任せて、萬物之に因りて以て生死するのみ。若し心有りて化を成さば、則ち寒暑災樣其の正を得て、乃ち天心を見んか。
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『呻吟語』外篇・天地・久しく陰なれば則ち權は雨に在り風は惟だ其の吹拂を知るのみ、雨は惟だ其の淋漓を知るのみ、雪は惟だ其の嚴凝を知るのみ、水は惟だ其の流行を知るのみ、火は惟だ其の燔灼を知るのみ。足らざれば則ち息を屏めて各おの其の用を藏し、餘り有れば則ち猖狂して各おの其の性を恣にす。卒然として感ずれば則ち強き者勝つ。兩軍交戰して、相下りて後已むが若し。是の故に久しく陰なれば則ち權は雨に在りて、日月明を為し難く、久しく旱なれば則ち權は風に在りて、雲雨澤を為し難し。以て水火霜雪に至るまで皆な然らざる莫し。誰か之を為す。
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『呻吟語』外篇・天地・雷霆霜雪都て是れ太和知るを要す、雷霆霜雪都て是れ太和なることを。
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『呻吟語』外篇・天地・一噓一吸噓氣は內より外に之くなり、吸氣は外より內に之くなり。天地の初めの噓を春と為し、噓し盡くすを夏と為す。故に萬物は噓に隨ひて生長す。天地の初めの吸を秋と為し、吸ひ盡くすを冬と為す。故に萬物は吸に隨ひて收藏す。噓は、上升の陽氣なり、陽は發を主る。吸は、下降の陰氣なり、陰は成を主る。一噓一吸、開闢より以來混沌の後に至るまで、只だ這の一絲の氣なり。毫髮も斷ゆる處有らば、萬物滅し、天地毀る。
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『呻吟語』外篇・治道・嚴は寬を成す所以なり太和の氣は四時に貫徹すと雖も、然れども炎徼以南は常に熱く、朔方以北は常に寒きは姑く論ずる無し。只だ中土を以て言はば、純然として暄燠にして一毫の寒涼の氣無き者は、惟だ是れ五月半後、八月半前の九十日のみ。中間にも亦た夜に袷綿を用ふる時有り。七月に至りて暑已に處り、八月にして白露零り、九月寒露霜降す。亥子丑寅は其の寒言を俟つ無し。二三月後も猶ほ未だ綿を脫せず、穀雨以後始めて霜を斷つを得。四月已に夏なるも、猶ほ清和と謂ふ。大都嚴肅の氣は歲常に十に八。而して草木は二月に萌芽し、十月に猶ほ生意有り。乃ち生育長養は專ら暄燠に在らずして、嚴肅の中は正に沖和の機を操縱する所以なり。聖人の政を為すや天に法る。當に寬なるべくんば春夏を用ひ、當に嚴なるべくんば秋冬を用ふ。而して常に持する體は則ち嚴威の中に長養の惠を施す。何者ぞ。嚴は匱しからず、惠は窮まり易し。威中の惠は人群を鼓舞し、惠中の惠は眾志を驕馳す。子產鄰に相たり、刑書を鑄、強宗を誅し、田疇を伍し、衣冠を褚す。子太叔に語るに及び、他日又た子產は眾人の母と曰ふ。孔子の政を為すこと考ふ可し。彼の沾沾煦煦として、姑息を尚びて以て民の惡を養ひ、卒に廢馳玩遫に至り、令行はれず、禁止まらず、小人縱恣し、善良吞泣すれば、則ち孔子の罪人なり。故に曰く、上に居るは寬を以て本と為すも、未だ嘗て寬を以て政と為さず。嚴とは、其の寬を成す所以なり。故に寬心を懷くも寬政に任ずるは宜しからず。是を以て懦主は臣を殺し、慈母は子を殺す。