呻吟語 / 外篇・天地・久しく陰なれば則ち權は雨に在り
風惟知其吹拂而已,雨惟知其淋漓而已,雪惟知其嚴凝而已,水惟知其流行而已,火惟知其燔灼而已。不足則屏息而各藏其用,有餘則猖狂而各恣其性。卒然而感則強者勝,若兩軍交戰,相下而後已。是故久陰則權在雨,而日月難為明;久旱則權在風,而雲雨難為澤,以至水火霜雪莫不皆然。誰為之?
新字:風惟知其吹払而已,雨惟知其淋漓而已,雪惟知其厳凝而已,水惟知其流行而已,火惟知其燔灼而已。不足則屏息而各蔵其用,有余則猖狂而各恣其性。卒然而感則強者勝,若両軍交戦,相下而後已。是故久陰則権在雨,而日月難為明;久旱則権在風,而雲雨難為沢,以至水火霜雪莫不皆然。誰為之?
書き下し
風は惟だ其の吹拂を知るのみ、雨は惟だ其の淋漓を知るのみ、雪は惟だ其の嚴凝を知るのみ、水は惟だ其の流行を知るのみ、火は惟だ其の燔灼を知るのみ。足らざれば則ち息を屏めて各おの其の用を藏し、餘り有れば則ち猖狂して各おの其の性を恣にす。卒然として感ずれば則ち強き者勝つ。兩軍交戰して、相下りて後已むが若し。是の故に久しく陰なれば則ち權は雨に在りて、日月明を為し難く、久しく旱なれば則ち權は風に在りて、雲雨澤を為し難し。以て水火霜雪に至るまで皆な然らざる莫し。誰か之を為す。
現代語訳
風はただ吹き払うことだけを知り、雨はただ降りしきることだけを知り、雪はただ厳しく凍らせることだけを知り、水はただ流れることだけを知り、火はただ焼くことだけを知ります。足りなければ息を潜めてそれぞれ働きをしまい、余っていれば荒れ狂ってそれぞれ性のままに振る舞います。にわかに触れ合えば強いほうが勝ちます。二つの軍が戦い、片方が下って初めて終わるようなものです。だから長く曇れば力は雨にあって日月も明るくなれず、長く日照りが続けば力は風にあって雲も雨も潤せません。水火霜雪に至るまで、みな同じです。誰がそうさせているのでしょうか。
解説

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見るこの章句が説くこと
関連する章句
-
孫子・虚実篇孫子曰く、戦いを善くする者は、人を致して人に致されず。
-
李衛公問対・卷上兵を善く用うる者は、先ず測る可からざるを為せば、則ち敵は其の之く所に乖く。
-
尉繚子・戰威善く兵を用うる者は、能く人を奪いて人に奪われず。
-
尉繚子・戰權兵法に曰く、「千人にして権を成し、万人にして武を成す。権先づ人に加ふる者は、敵力交へず。武先づ人に加ふる者は、敵威接せず」と。故に兵は先を貴ぶ。此に勝てば、則ち彼に勝つ。此に勝たざれば、則ち彼に勝たず。凡そ我往けば則ち彼来たり、彼来たれば則ち我往き、相勝敗を為す、此れ戦の理の然るなり。夫れ精誠は神明に在り、戦権は道の極まる所に在り。有る者は之を無くし、無き者は之を有らしむ、安んぞ之を信ずる所あらん。先王の伝聞する所の者は、正に任じ詐を去り、其の慈順を存し、決して留刑無し。故に道を知る者は、必ず先づ止まるを知らざるの敗を図る、悪んぞ必ず往きて功有るに在らんや。軽く進みて戦を求むれば、敵復た止まるを図り、我往きて敵勝を制す。故に兵法に曰く、「求めて之に従ひ、見て之に加へ、主人敢へて当たらざるに之を陵げば、必ず其の権を喪ふ」と。凡そ奪はるる者は気無く、恐るる者は守るべからず、敗るる者は人無し、兵に道無ければなり。意往きて疑はざれば、則ち之に従ふ。敵を奪ひて前無ければ、則ち之に加ふ。明らかに視て高く居れば、則ち之を威す。兵の道極まれり。其の言謹み無ければ、偸みて失はしむ。其の陵犯節無ければ、破る。水のごとく潰し雷のごとく撃てば、三軍乱る。必ず其の危ふきを安んじ、其の患を去り、智を以て之を決す。之を高くするに廊廟の論を以てし、之を重くするに受命の論を以てし、之を鋭くするに踰垠の論を以てすれば、則ち敵国戦はずして服すべし。
-
『新論』長計是れ所謂其の之く所を乖く者にして、実を変じて虚と為し、虚を転じて実と為す。此くの如くなれば、則ち神聖の夷狄を御する所以の略、彼倒用するを得ずして、彼の我を擾す所以の術、我将に之を倒用せんとす。然る後操縦の権、我より之を制す。廟謨既に定まり、上下心を同じくし、千塗万轍、必ず是の道に由りて変ぜず。是に於てか我の夷狄を御する所以の者は、即ち神聖の夷狄を御する所以にして、内に一定の略有りて、外に乗ずべきの虚無し。黠虜をして千群我を窺はしむと雖も、将た何を以て我が辺陲に陸梁するを得んや。(大猷公嘗て訳官島野兼了なる者を天竺に遣はす。兼了荷蘭の賈舶に乗り、諸国を周流し、遂に東海に往くこと三千里、一大国を得たり。以為へらく是の国宜しく神州に属すべしと。因りて碑を立てて題して日本国中と曰ふ。当時の規模の宏遠なること、亦見るべきなり。海東三千里なる者は、疑ふらくは即ち西夷の所謂亜墨利加洲なる者ならん。)
-
李衛公問対・卷中千章万句、『人を致して人に致されず』を出でざるのみ。