呻吟語 / 外篇・天地・理なる者は、天なり
朱子云:「天者,理也。」余曰:「理者,天也。」
書き下し
朱子云ふ、「天なる者は、理なり」と。余曰く、「理なる者は、天なり」と。
現代語訳
朱子は、天とは理であると言いました。私は言います。理とは天である、と。
解説
朱子の定義を、そっくり裏返します。天を理として説明するのが朱子なら、呂坤は理を天として説明する。主語と述語が入れ替わることで、重心が移ります。天が理に還元されるのではなく、理のほうが天として重みを持つ。わずか十数字で、大儒の定義に一言で応じてみせた一段になっています。大儒の定義に、一言で応じてみせた一段です。
この章句が説くこと
朱子天理定義反転
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